名古屋大学(名大)は6月10日、磁性体において、さまざまな物理学分野で存在が予測されてきた「ドメインウォール・スキルミオン」と呼ばれる状態の観測に成功したと発表した。

同成果は、名大 大学院工学科の長瀬知輝 博士前期課程学生(研究当時)、同・川口由紀 教授、同・田仲由喜夫 教授、名大 未来材料・システム研究所の石田高史 助教、同・長尾全寛 准教授、同・桑原真人 准教授、同・齋藤晃 教授、同・五十嵐信行 教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

「欠陥」は、物理学などにおいては、原子スケールのミクロの世界から宇宙規模のマクロな世界まで、ありとあらゆるシステムにおいて普遍的に見られるもので、その性質や成因を明らかにすることは、そのシステムの物理的本質を理解する鍵となるとされている。つまり、欠陥とはものごとを理解するためのとっかかりとなるものであり、その制御はシステムを応用する上で重要な課題となる。そのため、欠陥はさまざまな分野で長年にわたって研究されてきた。

物理学におけるよく知られた欠陥の1つに、秩序化した領域同士の境界に現れる「ドメインウォール」がある。例えば、磁性体中では磁気モーメントがそろった微小な領域を「磁区」といい、それがドメインとなる。いくつもの磁区に分かれており、隣接する磁区同士の境界は「磁壁」といわれ、これがドメインウォールとされている。磁壁は電流で駆動できることから、メモリなどへの応用が研究されている。

また、「スキルミオン」も欠陥のことで、元々は素粒子物理学で提唱された、粒子的な性質を持つ渦状の欠陥のことである。磁性体に加え、液晶、超伝導体、「量子ホール強磁性体」、「ボース=アインシュタイン凝縮体」など、さまざまなシステムで観測されてきた。

中でも磁性体中のスキルミオンは、磁壁と同様に電流によって駆動し、駆動に必要な電流密度のしきい値が磁壁に比べて5桁ほど小さくて済むことから、省エネルギーデバイスを実現するための研究開発が進められているという。

  • ドメインウォール・スキルミオン

    (左)磁性体中の磁気構造の模式図。磁気モーメントがそろった領域が磁区(ドメイン)。磁区同士の境界が磁壁(ドメインウォール)。(右)磁気スキルミオンのスピン構造。矢印の向きはスピンの向きが表されている (出所:名大プレスリリースPDF)

そうした中、「ドメインウォール・スキルミオン」という欠陥が20世紀末に量子ホール強磁性体において初めて理論的に予測され、提唱されてきた。ドメインウォール中にスキルミオンが存在するもの、もしくはスキルミオンが1次元状に配列してドメインウォールを構成したものがドメインウォール・スキルミオンで、“欠陥中の安定な欠陥”と見なせるという。

20世紀末以降、液晶や磁性体、類似した欠陥が超伝導体やボース=アインシュタイン凝縮体、場の理論などにおいても予測されたが、これまでのところ明確に観測されたことがなかったという。

そこで研究チームは今回、名大超高圧電子顕微鏡施設のローレンツ電子顕微鏡を用いて、「コバルト・亜鉛・マンガン」で構成される磁性薄膜試料の磁気構造を調べることで、ドメインウォール・スキルミオンの探索を行った。

コバルト・亜鉛・マンガンの磁性体は、室温以上で粒子的性質を反映して、ボールを敷き詰めたときのように、スキルミオンが三角格子状に規則的に配列した状態であるスキルミオン三角格子が現れる物質という特徴がある。

厚さ約50nmの薄膜試料を用いて、磁束密度分布像を計測したところ、正味の磁気モーメントが、右方向に向いた磁区と、左方向に向いた磁区の境界に、通常の磁壁が見られたほか、もう片方の磁区と磁区の境界に、鎖状に配列したスキルミオン(渦状の楕円体)が観測されたという。これは、スキルミオンが磁壁の役割を担っており、ドメインウォール・スキルミオンの存在を証明するものだという。なお今回の研究では、通常の磁壁中に孤立したスキルミオンも観測されているという。

  • ドメインウォール・スキルミオン

    ローレンツ電子顕微鏡を用いて撮影された磁束密度分布像。磁区と磁区の境界にある黒線は通常の磁壁で、それに加えて右巻きの楕円スキルミオンが鎖状に配列したドメインウォール・スキルミオンが形成されていることも見て取れる。右上のカラーホイールは凡例で、色の違いは磁束密度の方向の違いが、色の明度は磁束密度の強さが表されている (出所:名大プレスリリースPDF)

今回観測されたドメインウォール・スキルミオンの形成は、スピンを特定の結晶方位に向けようとする磁気異方性、磁性体の内部に作られる反磁界、隣り合うスピン同士を90度に傾けようとする「ジャロシンスキー・守谷相互作用」が組み合わさった効果によるものと考えられるという。

この形成機構は、これまで磁性体で予測されてきたものとは異なり、シミュレーションによって、ドメインウォール・スキルミオンがさまざまな磁性体で現れる可能性が見出されたとした。

今回の成果を受けて研究チームでは今後、さまざまな物理学分野において進展に寄与することが期待されるという。また磁性体中のドメインウォール・スキルミオンは、磁壁に沿って電流駆動すると考えられており、応用の面でも重要となるとしている。