科学技術振興機構(JST)は、4月22日にJST理事長記者会見を開催し、JSTの社会技術研究開発センター(RISTEX)が2020年度から始めた「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム」の中で進められている研究開発課題のひとつである研究プロジェクト、「携帯電話関連技術を用いた感染症対策に関する包括的検討」の中間分析結果を発表した。

同プロジェクトの研究代表を務めている東京大学大学院 法学研究科の米村滋人教授が、日本で2020年に導入されたスマートフォン(スマホ)向け新型コロナウイルス接触確認アプリケーション『COCOA』が、感染症対策ツールとして当初期待されていたほど上手く機能せず、感染症対策としてあまり貢献できていないという背景について、現時点での分析結果などを解説し、緊急時に適切な対応・判断ができる他分野の専門家との対話・検討の必要性などを説明した。

  • 東京大学大学院法学研究科の米村滋人教授

    東京大学大学院 法学研究科の米村滋人教授

COCOAが感染症対策ツールとして2021年4月時点で、あまり貢献できていない理由として、開発体制などいろいろな要因・理由があると指摘されているが、米村教授は「法的に可能な個人情報利用について、(開発発注元の厚生労働省などが)国民の理解が得られないという判断で個人情報の利用を否定し、そのアプリケーションの有効性も事後検証も乏しい内容になったことが大きな要因」と指摘した。

また、「本来であれば、法的・倫理的に適正な情報利用ができると、感染症対策ツールとしてここまで有効になるといった広範囲な議論を日本国内で様々な視点から行い、その国民世論の合意の下で、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として有効なアプリケーション開発を進める態勢づくりが必要不可欠だったと、研究途上ではあるが感じている」とも解説した。

日本を含めた各国では、多くの国民が所持して移動するスマホなどの関連技術を基にした感染症対策が提案され、位置情報、近距離無線通信の規格であるBluetoothの情報、カード決済情報、監視カメラの情報、Webでの検索履歴などのデータを活用する感染症対策ツールが提案・開発されている。その中でも、スマホの位置情報やBluetoothの情報を用いる感染症対策は世界各国ですでに実用化されている。

米村教授は、現在はまだ研究途上の分析結果だとしたうえで「少なくとも英国、ドイツ、フランスなどのEU8カ国、米国、カナダの北米2カ国、ベトナム、マレーシアなどのアジア5カ国(日本を含む)、オーストラリアなどがスマホ関連技術を基にした感染症対策を実施している」とし、この中では「シンガポールと韓国がスマホ技術を基にした感染症対策の成功事例といわれている」と述べた。

また、研究の中間見通しであるものの、スマホ関連技術を基にした感染症対策では、匿名化されたスマホの位置情報の統計利用を目指す日本などの手法に対して、韓国、オーストリア、中国、イスラエルなどはスマホの位置情報を用いた患者・接触者の追跡を目的に利用していると推定されるとした。

また、台湾や韓国はスマホの位置情報を用い、自宅隔離対象者や移動制限者の追跡にアプリケーションを利用していると推定されるとし、各国の利用法方法を日本国内でも適用するには法的根拠をもって実施の判断などの議論が必要になるとした。

米村教授は、COVID-19の感染対策として「“感染症とともに暮らすこと”に関する認識(考え方)への懸念事項は何かをしっかりと多面的に多彩に議論し、その際に出る懸念事項に対して多面的な議論を展開し、技術的な可能性と社会の受容可能性を最大化しながら、個人のプライバシー概念をどう扱っていくかの議論を進めておくことが不可欠になっている」と指摘。「個人のプライバシーなどの個人情報を、新型コロナ感染対策として適正に活用する検討を議論することが不可欠な時代」と説明した。

加えて、COVID-19の感染拡大が長期化しそうな現在、「その長期化を踏まえて、社会システム全体を見直す議論を多彩・多面的に進め、その問題解決を図ることが不可欠な時代になっている。学術界の人間は、長期的な視点に立った問題解決の方向性を提言することが社会貢献になる」と指摘し、「特に日本では、本来は平時から様々な問題に対して法的、倫理的、社会的な妥当性がある感染症対策メニューを準備し、科学的エビデンスに基づく検討を進めることが必要になっており、多分野の専門家を交えて対話する土壌づくりが不可欠」と解説した。

なお、今回はあくまでも研究途上での緊急的な解説であることを、繰り返し強調した。

  • 今回解説された講演資料の一部

    今回解説された講演資料の一部