九州大学(九大)は4月15日、アトピー性皮膚炎の主要なかゆみ惹起物質であるサイトカイン「IL-31」の産生を抑制する低分子化合物の開発に成功したと発表した。
同成果は、九大 生体防御医学研究所の福井宣規 主幹教授、同・宇留野武人 准教授、同・國村和史 特任助教、九大大学院 医学系学府の上加世田泰久 大学院生、九大大学院 医学研究院の古江増隆 教授、東京大学大学院 薬学系研究科の金井求 教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学雑誌「Journal of Allergy and Clinical Immunology」に掲載された。
かゆみは、「掻破したい(引っ掻きたい)という衝動を起こさせる不快な感覚」として定義されており、アトピー性皮膚炎では強いかゆみが生じ、生活の質(QoL)を著しく損なうことがよく知られている。アトピー性皮膚炎は、日本国民の7~15%が罹患しているとされ、その強いかゆみを抑制するための薬の実現が求められていた。
これまで、かゆみの研究としては、マスト細胞などから放出され、アレルギー反応における中心的な存在である化学物質の「ヒスタミン」を中心に進められてきたが、アトピー性皮膚炎のかゆみの多くが、抗ヒスタミン剤(H1ヒスタミン受容体遮断薬)では抑制されないことから、近年、別のかゆみ物質としてサイトカイン「IL-31」の存在が注目されるようになってきた。
IL-31は、リンパ球の一種である「ヘルパーT細胞」から産生され、末梢神経と脊髄を介して脳にかゆみ感覚を伝える物質として知られているが、その産生制御機構そのものについてはよくわかっていなかったという。
これまでの研究の中で、福井主幹教授らは、分子「DOCK8」がないヒトやマウスにおいてIL-31の産生が亢進し、重篤なアトピー性皮膚炎を自然発症することに着目して研究を行い、IL-31の産生に転写因子「EPAS1」が重要な役割を担っていることを解明してきた。また、EPAS1は、別の転写因子「ARNT」と会合することで、低酸素応答を制御することが知られているほか、EPAS1によるIL-31の産生誘導にARNTは必要なく、さらにまた別の転写因子「SP1」が関与していることも解明されており、EPAS1はIL-31の産生を抑制するための創薬標的になると考えられていたという。
そこで、今回の研究では、東大創薬機構より提供を受けた9600個の化合物を対象に、EPAS1-IL-31経路を標的としたスクリーニングを実施。その結果、4個のヒット化合物のうち、「IPHBA」と命名された化合物が、T細胞の生存性を損なうことなく効果を発揮できること、ならびに2.5μMという比較的低容量で、DOCK8欠損マウスのヘルパーT細胞におけるIL-31の遺伝子発現を抑制できることを確認したとする。
さらにIPHBAは、低酸素応答やIL-2/IL-4といったほかのサイトカインの遺伝発現には影響しないことも確認。同様の結果は、IL-31とIL-2の産生をタンパク質レベルで測定した場合にも認められなかったとのことで、これらの結果から、IPHBAがヘルパーT細胞におけるIL-31産生を選択的に抑制する化合物であることが判明したとする。
さらに、IL-31タンパク質を大量に産生することができるヘルパーT細胞をマウスに移入し、掻破(引っ掻き)行動が惹起されたところで、IPHBAを100mg/kgで経口投与したところ、ヘルパーT細胞の移入による掻破行動が抑制されることも確認されたともしている。
こうした結果を踏まえ、研究チームではIPHBAの作用機序の解明に向け、解析を行ったところ、EPAS1やSP1といった転写因子にIPHBAを添加すると、いずれの転写因子もIL-31プロモーター領域への結合が弱まることが見出されたほか、EPAS1とSP1は複合体を形成するが、IPHBAはその会合を濃度依存的に抑制できることも判明。IPHBAがIL-31の遺伝子発現を抑制させる可能性が示唆されたとする。
ただし、これらの結果はマウスモデルを使った実験であったことから、ヒトへの応用の可能性の検証として、アトピー性皮膚炎患者の協力を得る形で血液からヘルパーT細胞の単離を行い、IPHBAの評価を実施。その結果、アトピー性皮膚炎を発症していない健常者に比べ、アトピー性皮膚炎患者のヘルパーT細胞は大量のIL-31を産生していることが確認されたほか、IPHBAの添加により、その産生が抑制されることが確認されたとする。また、IPHBAは、免疫応答全般に重要なIL-2の産生には影響を与えなかったことから、免疫抑制作用の少ない治療薬シーズになり得ることが示唆されたと研究チームでは説明している。
加えて、研究チームでは、IPHBAの構造をベースに類縁化合物の合成を進め、調査を行ったところ、IL-31の遺伝子発現をより強く抑える化合物の開発にも成功したとしている。
なお研究チームでは、今回の成果を踏まえ、IPHBAをリード化合物として研究開発を進めることで、アトピー性皮膚炎のかゆみを根元から絶つ新たな治療薬の実現につながることが期待されるとしている。