九州大学は2月4日、熱処理が不要で市販のインクジェットプリンタと同様の技術で印刷可能な抗原抗体検査で利用できる光センサの開発に成功したと発表した。

同成果は、九大大学院 システム情報科学研究院の吉岡宏晃助教、同・興雄司教授、Abdul Nasir大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、米国光学会の発行する「Optical Materials Express」に掲載された。

微小サイズのレーザー素子を利用した抗原抗体反応に基づくバイオセンサの研究が進む。微小レーザー素子は、髪の毛の太さ程度のサイズで光をよく閉じ込める微小光共振器(球や円盤など)で構成される。そして検出対象物が付着した際に、その素子から発生するレーザーの光スペクトル(色情報)が変化することでセンシングを行うのである。

この方式であれば、原理的にはウイルスが1個付着した程度でも検出できるほどの超高感度を期待できることから、これまで多くの研究者たちがこの分野の研究を行ってきたという。

中でも研究開発が活発なのが、「アビジン」と「ビオチン」という分子の結合に基づく抗原抗体反応を利用する光センサと、微小光共振器と組み合わせたバイオセンサだ。アビジン-ビオチン結合を利用する光センサは、感度と検出対象物の選択性の面で優れているという特徴を持つという。

このバイオセンサを実現するには、ビオチンを微小光共振器の表面に共有結合させるためのビオチン化が必要だ。これは、表面修飾によるビオチンの微小光共振器の表面への共有結合と互換性のある官能基を結合することによって達成することができる。

しかし、そこに課題があった。ポリマーやシリカ(ガラス)など、代表的な材料を用いたバイオセンサ用の微小光共振器の作製には、熱や酸などの処理が通常は必要だ。その作製後にビオチンと結合できる官能基を露出させるための表面改質を施し、そのうえで化学的処理を行うという複雑な工程と複数のプロセス装置を使わないと実現ができないとされてきた。そのため、ベースとなる微小光共振器は半導体工場などで用意しないといけないこと、処理の負担から使える材料が制限されることなどの課題があったのである。

そこで今回の研究ではまず、ビオチン化が容易な親水性の「カルボキシル官能基」と疎水性のフッ素化官能基「CF2」の鎖を特徴とする新開発の低粘度特殊ポリマーが用意された(日産化学からの提供)。

そして、それをバイオセンサ用の円盤型の微小光共振器に基づいた微小レーザー素子(マイクロディスクレーザー)として、研究チームが独自開発した、熱処理が不要で市販のインクジェットプリンタと同様の技術を用いて成型・印刷が行われた。

次に、作製したレーザー素子の形状評価、レーザー特性の基本評価が行われ、ビオチン化された微小レーザー素子の基本性能が確認された。センシングに関しては、ビオチン化あり/なしのふたつの微小レーザー素子を用いて、検出ターゲットであるストレプトアビジンの吸着をレーザー発振スペクトルのシフトを観察し比較することで評価が行われた。

  • バイオセンサ

    微小レーザー素子の基本特性。(a)ビオチン化前の微小レーザー素子の光学顕微鏡画像。レーザー発振すると円盤の周囲にレーザー光が発生する。(b)レーザー発振した際の櫛状の光スペクトル。それぞれのピークの波長でレーザー発振が起こる (出所:九大プレスリリースPDF)

結果として、ビオチン化(なし)の場合、微小レーザー素子の表面へ無秩序にアビジンの積層が続き、スペクトルのシフトが継続。それに対してビオチン化(あり)の場合、表層に修飾されたビオチンへの結合で形成されている単一のアビジン層に相当するスペクトルのシフトが観測された。

  • バイオセンサ

    ストレプトアビジン分子吸着によるスペクトルシフトの結果。(a)ビオチン化(無)および(b)ビオチン化(有)の微小レーザー素子サンプルのストレプトアビジン分子吸着によるスペクトルシフトの結果 (出所:九大プレスリリースPDF)

こうして、ビオチンのみでアビジンが補足されるアビジン-ビオチンの結合反応が明確に確認された。熱処理が不要で市販のインクジェットプリンターと同様の技術で印刷可能な、抗原抗体検査で利用できるラベルフリーの光センサの開発に成功したのである。

ビオチン化手法の確立に成功したことにより、今後は数多くのアビジン修飾抗体などをマイクロディスク表面につけることで、多彩なセンシングを行うための下地が完成したといえるという。また、インクジェット描画が可能なポリマー上にビオチン化処理を施す技術は、ほかの光微小共振器やバイオセンシング用コートなどにも波及効果が期待できるとしている。

一般的なウイルス検査では、PCR法などのように、検体を専用の検査機器がある機関に送るため、結果が出るまでにほとんどの場合が時間を必要とする。しかし、今回の技術をさらに発展させてポータブルデバイス化することができれば、抗原抗体反応によるウイルスの簡易検査を、その場において即時的に実施することも実現できる可能性があるという。つまり、究極的には自宅でウイルス検査を継続的に実施できるようにもなるということである。

このような技術を実現できれば、経済的に恵まれない国や地域においても、大量にかつ繰り返しの検査が容易に行えるようになる。そのためにも今後は、定量計測、同定評価、感度の評価・最適化など性能向上へ向けた多くの改良や、実用化に向けたポータブルデバイスの開発も重要になるとしている。

今後の当面のタスクとしては、まず、現在進行中のプロジェクトにおける「有機トポロジカル光共振器」の開発を進める計画だという。有機トポロジカル光共振器とは、ポリマーなどの有機材料でできた光共振器のことで、円偏向や光渦といった特殊な光を生成することが可能だ。そして、今回のバイオセンシング技術の基盤を有機トポロジカル光共振器と組み合わせて、より高性能なセンシング技術の確立へつなげていくとしている。