東北大学 多元物質科学研究所とみやぎ高度電子機械産業振興協議会(仙台市青葉区)が、2020年12月9日に産学連携講演会「イノベーション・エクスチェンジ2020」をオンライン開催する。

この産学連携講演会は、2023年度から運用開始を目指して施工中の次世代放射光施設の特徴と性能を、利用者となる企業などの研究者や技術者などに解説し、次世代放射光施設を用いた共同研究開発などを促すことを図るものだ。

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    東北大のWeb講演会の告知バナー

次世代放射光施設は、東北大青葉山キャンパス(仙台市青葉区荒巻字青葉)の西側に整備されている約1万平方メートルの新青葉山キャンパス内で、2023年度の稼動を目指して設計・開発・設置などが進められている加速器(ライナックと蓄積リング)などの大型放射光施設である。この次世代放射光施設の全体設計・開発などの計画を、文部科学省が2018年7月に承認し、その実施体制が固まり、2023年度の稼動に向けて機器設計や機器開発が進んでいる。

この次世代放射光施設を整備・管理する中核組織は、一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC、仙台市)である。同センターは「次世代放射光施設とは、イノベーションを起こす巨大な顕微鏡である」という。光科学イノベーションセンターの理事長は、高田昌樹・東北大総長特別補佐が務めている。

この次世代放射光施設は、「従来の日本にあった軟X線向け観察施設に比べて100倍強い高輝度を持っている」などの優れた性能を持っている。その次世代放射光施設が観察できる“イノベーションを起こす”ものとは何かなどを、今回のWeb講演会で説明する構えだ。

次世代放射光施設では、X線の中でも比較的波長の長いX線である「軟X線」と呼ばれる200eV~5keV域でのX線を光源に使う。この軟X線域では、先行しているSPring-8(理化学研究所と高輝度光科学研究センターが運営)に比べて、約100倍の高輝度性を発揮し、コヒーレンスも100倍高い見込みだ。

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    次世代放射光施設の模式図。ビームエネルギー/電流は、3GeV/400mA、周長は354m、セル数16・偏向電磁石数64の見通し (図は量子科学技術研究開発機構によるもの

平成7年(1997年)から稼動したSPring-8は、硬X線を照射する放射光施設で、大まかにいえば遷移金属などの元素番号が真ん中あたりの元素の動きの解析・分析を主に得意にする装置になっている。1997年当時は、燃料電池内の原子の反応や高性能磁石などの機構の解明には、硬X線域による金属元素の動向の解明が必要とされていたからである。

これに対して次世代放射光施設は、従来は観察しにくかったLi(リチウム)やC(炭素)などの軽元素から遷移金属までの幅広い元素を、ナノレベルの解像度で観察できる。大まかには、Li(リチウム)、C(炭素)、O(酸素)、Na(ナトリウム)、Mg(マグシウム)、Si(ケイ素)、P(リン)、S(イオウ)などの軽元素と、遷移金属などの重元素の外殻電子の状態などを観測できる。この観察した輝度は、SPring-8に比べて100倍になり、高時間・空間分解能が高い計測が可能になる。この結果、その場観察もできるようになる見込みである。

こうした特徴を持つため、コヒーレンス性がこれまでに製作された既存の放射光装置に比べて100倍になり、組織構造をナノスケールで可視化できるようになる。この高性能化によって、従来にできなかった観察が可能になり、多くのイノベーションを起こすツールになると期待されている。

次世代放射光施設で観察できる分野・用途などとしては、生物などを対象に研究開発する生命科学での静的・動的な構造解析による機能解明ができる。また、食品を構成する微量元素の解析などから栄養素の研究や品種改良の手がかりが得られ、食の安全性を高める解析も可能になる見込みだ。このため、この次世代放射光施設では、基盤研究と応用開発をつなぐ産学連携態勢として「コウリション(coalition)コンセプト」を掲げている。

物質科学分野では、高いコヒーレント性を利用する非破壊による品質管理にも適用できる見通しだ。たとえば電子デバイスなどでは、ナノレベルの欠陥によって動作不良などが起こる場合があるが、高いコヒーレントなナノ領域での可視化ができる。そしてAI(人工知能)技術を適用する工夫した高度な手法によって、従来は観察が難しかったナノ欠陥を観察できるようになる見通しだ。

このナノレベルでの欠陥の動きを可視化する技術はモノが壊れていくメカニズムの精密な解明にも役立ちそうと期待されている。さらに、ナノレベルでの動きを可視化する技術は、たとえば、燃料電池での触媒での酸化還元反応も可視化し、性能向上を図る研究開発が可能になると期待されている。また、たとえば自動車の排ガスの浄化触媒の機能を解明する手法にも役立つと期待されている。分解能が、たとえば13nmから5nmまで高まれば、触媒の機能の解明が進み、その開発は大きく進む可能性がでてきそうだ。

生命科学分野では、軽元素の階層的なネットワーク構造の解明が重要になる。この場合には膨大なデータを解析する情報科学手法と組み合わせることによって、その構成元素の軽元素の階層的なネットワーク構造の解明が大幅に進むと考えられている。ここでも基礎科学が進み、応用を探る動きにつながる可能性が高い。

この膨大なデータを解析する情報科学手法を適用するやり方では、触媒の反応に対してある触媒が酸化する反応の様子を画像化できる可能性があり、触媒材料を設計する研究開発が大きく進む期待が高まっている。こうした画像化には、ビックデータ解析が不可欠になる見通しだ。

この場合は、国内・国外の有力なビックデータ解析研究者・開発者との連携が不可欠になってくる見通しだ。こうした研究開発手法での連携では、材料科学とAIやビックデータ解析との融合は必然の流れになる。実際に、SPring-8などの既存の国内・国外の放射光施設での観測データを用いて、こうした研究開発はすでに始まっているからだ。

なお、今回のWeb講演会の概要は以下の通り。

  • 日時:2020年12月9日(水)13:00~17:00(オンライン開催)
  • 参加費:無料
  • 定員:250人(事前申込制、定員になり次第締切)
  • 申込みの締切り日:2020年12月4日(金)

注:東北大は“グローバル・イノベーション・キャンパス”構想を掲げて、広大な新青葉山キャンパスを整備し、これまでにもすでにいくつかの施設を設ける計画を進めている。その中で、2023年度に稼動を見込んで設計・開発・設置などが進められている次世代放射光施設は、その中核的な施設になる見通しで、多くの大学や企業が産学連携を進める場になる模様だ