東京大学(東大)は11月13日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の表面に発現するスパイクタンパクに「D614G」の変異を持つ変異株ウイルスの性状解析を行い、D614G変異が、ウイルスの増殖適応と動物間の感染伝播の高さに寄与することを明らかにしたと発表した。また、D614G変異ウイルスは、細胞への取り込みが野生型ウイルスに比べて有意に速く、また、野生型ウイルスと競合培養継代すると3代のうちに優勢になり、高い増殖適応性を示したことも合わせて発表された。

同成果は、東大医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス感染分野の河岡義裕教授らの研究チームによるもの。詳細は、米科学誌「Science」に掲載された。

新型コロナウイルスが、ヒトへの感染が報告されたのは2019年12月のことで、まだそれから1年も経っていない。新型コロナウイルスは変異が早く、次々と変異株が登場している。そうした中、現在、世界で蔓延しているのが、ウイルス粒子表面に発現するスパイクタンパクのアミノ酸残基614番のアスパラギン酸がグリシンに置き換わる変異「D614G」を持つ変異株ウイルスだ。

スパイクタンパクとは、これが宿主細胞に発現する受容体タンパクと結合することで、新型コロナウイルスは感染の第1歩とする。D614G変異は、スパイクタンパクの受容体結合部位そのものからは離れたところに位置するが、この変異により宿主細胞の受容体とより結合しやすい立体構造を取る傾向が強まるため、結果としてウイルスの宿主細胞への侵入を容易にさせていることは確認されている。

しかしこのD614G変異が、新型コロナウイルスの性状、増殖特性や病原性にどのような影響を与えるのかは、細胞レベルでも感染動物個体レベルでも明らかになっていなかった。

そこで研究チームは今回、まず「リバースジェネティクス法」により、野生型ウイルスと比較して、スパイクタンパクのD614G変異のみの違いを持つウイルス(D614Gウイルス)を人工合成。この変異が与える影響について厳密な調査を行えるようにした。

野生型とD614Gウイルスそれぞれについて、感染成立のマーカーとして、「ルシフェラーゼ」酵素を発現するウイルスを人工合成し、細胞への取り込みの比較が行われた。すると、D614Gウイルスを感染させた細胞では、感染後8時間の時点で野生型よりも3~8倍も高いルシフェラーゼの発現が確認された。このことは、D614G変異が細胞への侵入効率を高めていることを示している。なおルシフェラーゼとは、ホタルや発光バクテリアなどに由来する酵素で、反応基質に作用することで、特定の波長の蛍光を発する物質を産生する性質を持つ。

次に、ヒト呼吸器での増殖を比較するため、ヒトの鼻上皮細胞、肺から分離されたプライマリ細胞での増殖の比較が行われた。すると、特に鼻上皮細胞において、D614Gウイルスが有意に高い増殖を示したという。これは、「Vero-E6細胞」や「A549-ACE2細胞」といった実験細胞株では見られない傾向だったとした。なお、Vero-E6細胞はウイルス研究に広く用いられている、アフリカミドリザル腎由来の各種ウイルスの分離・増殖が容易な細胞株。A549-ACE2細胞は、ヒト肺由来細胞株「A549」に新型コロナウイルスの受容体であるACE-2を発現させた細胞だ。

さらに、ウイルスの増殖適応にD614G変異が与える影響を調べるために、野生型とD614Gウイルスを1:1の割合で混合して、細胞において競合継代したところ、継代3代以内にD614Gウイルスが圧倒的に優位になり、野生型ウイルスはほとんど検出されなくなったとした。野生型とD614Gを10:1の割合で混合した場合でも、継代3代でD614Gウイルスが圧倒的に優位になったという。このことは、D614G変異がウイルスの増殖適応を強めることを示唆しているとした。

スパイクタンパクは、ウイルスの表面に発現することから、ワクチンのターゲットとしても重要だ。そのため、D614G変異が異なる抗原性を示すか否かは、非常に重要だという。そこで次に回復患者の血清を用いて、野生型とD614Gウイルスに対する中和能の比較が実施された。ただし、ここでは有意な差は見られなかったという。

また、新型コロナウイルスのスパイク-RBD(レセプター結合ドメイン)に結合する「モノクローナル抗体」(免疫細胞の一種B細胞が産生する)との反応性にも、野生型、D614Gウイルス間で有意な違いが見られなかったとした。

これらのことは、D614Gウイルスが野生型と類似した抗原性を示すことを示唆するという。つまり、野生型ウイルスを基にして開発が進められてきたワクチンであっても、D614Gウイルスに対しても、野生型ウイルスに対するものと同様の効果が期待されると考えられるとしている。

それに加え、動物個体におけるD614G変異の影響を調べるために、ヒトACE2トランスジェニックマウスとハムスターを用いた感染実験も行われた。まず、呼吸器でのウイルスの増殖を比較するため、同じ感染力価の野生型もしくはD614Gウイルスで感染させ、肺、鼻甲介でのウイルスの増殖の比較が実施された。すると、ヒトACE2トランスジェニックマウスとハムスターいずれにおいても、野生型とD614Gウイルス間で、有意な差は見られなかったとした。

また、感染後の肺の炎症の程度にも、野生型とD614Gウイルス感染個体間で有意な差は見られなかったという。すなわち、D614G変異は動物個体における病原性には大きく影響しないことが確認された。

続けて、D614G変異がウイルスの感染伝播に与える影響を調べるため、ハムスターを用いた飛沫感染伝播実験が行われた。ハムスターを、野生型ウイルスもしくはD614Gウイルスで感染させた感染個体のケージから、直接接触を避けるために5cm離したケージで、非感染個体(曝露個体)が飼育された。このような、感染個体・曝露個体のペアを、野生型、D614Gウイルスそれぞれについて8ペア用意して実験は行われた。

野生型ウイルスについては、2日後では曝露個体の鼻洗浄液からウイルスは検出されなかったとしたが、4日後には8ペアの曝露個体すべてからウイルスが検出されたという。一方、D614Gウイルスでは、曝露から2日後の時点で8ペア中5ペアの曝露個体でウイルスが検出されたとした。この結果は、D614G変異がより高い飛沫感染効率に寄与していることを示唆するとしている。

最後に、ウイルスの増殖適応を動物個体において比較するため、ハムスターにおいて競合継代実験が行われた。ハムスターを野生型とD614Gで1:1の混合ウイルスで感染させ、3日後に肺から分離されたウイルスで、次代のハムスターが感染させられた。3代の継代で、肺から分離されるウイルスはD614Gウイルスが優位になったという。この結果は、細胞株のみならず、動物個体においてもD614G変異が増殖適応性を強めていることを示唆するとしている。

  • 新型コロナウイルス

    ハムスターにおける新型コロナウイルスの野生型およびD614Gウイルスの飛沫感染伝播実験 (出所:東大医科学研究所Webサイト)