産業技術総合研究所(産総研)と横浜国立大学(横国大)は11月3日、「光格子時計」の長期間にわたる高稼働率運転を世界で初めて達成したと共同で発表した。

同成果は、産総研 計量標準総合センター 物理計測標準研究部門時間標準研究グループの小林拓実 主任研究員、同・赤松大輔 主任研究員、同・保坂一元 副研究部門長、同・安田正美 研究グループ長、産総研 計量標準総合センタ 物理計測標準研究部門 光周波数計測研究グループの稲場肇 研究グループ長、同・和田雅人 主任研究員、産総研 計量標準総合センターの鈴山智也 主任研究員、横浜国立大学の洪鋒雷 教授、同・久井裕介 博士3年らの共同研究チームによるもの。詳細は、学術誌「Metrologia」に掲載された。

日本の国家計量標準機関として、産総研計量標準総合センターはさまざまな「ものさしの基準」(計量標準)を開発している。その計量標準に関しては、2019年5月に世界的に大きな変化があった。国際単位系(SI)の、質量、電流、熱力学温度、物質量のそれぞれの単位である、キログラム(kg)、アンペア(A)、ケルビン(K)、モル(mol)の4つの定義が同時に改定されたのである。

この定義改定に伴い、時間の単位、秒(s)は、ほかのSI基本単位(m、kg、A、K、kd)を実現する際に必要な単位となり、時間標準はひときわ重要な標準となったという。

現在、秒はセシウム原子に共鳴するマイクロ波領域の周波数(約9.2GHz)を用いて定義されている。このマイクロ波よりも周波数が4~5桁高い光を用いると、1秒のさらなる細分化が可能になり、時計の精度が向上する。このため、光格子時計を初めとする光を用いた原子時計(光時計)の研究が世界各国で推進されてきた。

これまで、フランスに本部を置く国際度量衡局で開催されたメートル条約関連会議で、秒の二次表現(新しい秒の定義の候補)として、光格子時計を含む8種類の光時計が推奨されたが、どの時計が最も適しているかの結論はまだ出ていない。

それでも原子時計から光時計への切り替えに関しては着実に時期が近づいてきており、最近のメートル条約関連会議では、秒の再定義に向けた要求精度などの条件が具体的に設定された。その条件のひとつとして挙げられたのが、光時計の貢献による国際原子時の精度向上だ。高精度な時計を継続して運用し、時間標準として社会へ供給することが求められている。

ところが、基準となる原子の状態を正確にコントロールするため、極めて高精度なレーザーを複数用いる光時計は、長期連続運転が大変困難だという。現状では、25日間で80%程度の稼働率にとどまっていた。

そうした背景のもと、産総研では2009年に世界に先駆けてイッテルビウム光格子時計の開発に成功。そもそも光格子時計とは、2001年に東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊 助教授(当時)によって提案された、日本発の技術だ。

多数の原子をレーザー光によって空間に捕捉することで、それらの原子の振動数の同時測定が可能となることから、原子の振動数に基づく正確な時間を測定することができるというものである。現在の1秒の定義を15~16桁(1000兆~1京分の1)の精度で実現するセシウム原子時計(セシウム原子泉方式一次周波数標準器)に対して、18桁(100京分の1)台までの向上が実証されている。

光格子時計の安定動作に関しては、周波数雑音の極めて小さい世界最高水準の「光周波数コム」の開発がカギとなっている。光周波数コムとは、「モード同期レーザー」と呼ばれる超短光パルスレーザーから出力される、広帯域でクシ状(comb、コム)のスペクトルを持つ光のことだ。クシの1本1本の歯は一定の周波数間隔で並んでいるため、周波数のものさしとして光の周波数測定に用いることができるのである。

光周波数コムは長期間安定に動作し、高い精度でレーザー周波数を制御することにも応用可能だ。2018年には、これまで問題だったレーザー周波数の不安定性を解決するため、光周波数コムを応用してレーザーを安定化する手法が採用されたイッテルビウム光格子時計が開発された。そして、数か月で60時間以上の運転に成功している。

イッテルビウム光格子時計で用いられるレーザーは複数がある。波長399nmのイッテルビウム原子減速用のレーザー、原子冷却用のレーザー(399nm、556nm)、光格子用レーザー(759nm)、時計レーザー(578nm)などだ。継続して光格子時計を正しく動作させるには、これらすべてのレーザーの周波数やパワーを極めて高い精度で制御し続けることが必須だ。

イッテルビウム光格子時計には、周波数ロックなどの多数のフィードバック制御が組み込まれているが、課題は、従来の制御方法ではわずかな気温や気圧の変化、振動や音響ノイズなどの外的要因により制御が中断される場合があったことだ。これが、光格子時計の連続運転時間が短くなってしまっていた理由である。そのため、光格子時計を運転する際には、中断した装置を再起動するために対応できる担当者が実験室内にいる必要があったという。

そこで今回の開発では、無人連続運転を可能にするため、各レーザーの周波数オートリロック機能を開発して制御システムへの導入が行われた。この機能により、各レーザーの周波数ロックが何らかの理由で中断しても、その異常を瞬時に検知。自動で元の周波数に戻せることから光格子時計の運転を継続でき、その結果、無人運転を実現したという。

  • 光格子時計

    今回開発されたイッテルビウム光格子時計の周波数オートリロック機能の概念図。周波数オートリロック機能によりレーザーの周波数制御が途切れることがなくなり、無人運転を実現した。また、光格子時計の動作に問題が発生した場合は、自動で担当者宛にメールで異常が通知される。光格子時計の状況を実験室外からリモートで監視でき、部分的なリモート制御も可能なシステムとなっている (出所:産総研Webサイト)

これらの機能を導入した改良型のイッテルビウム光格子時計の運転は、2019年10月からスタート。そして、2020年3月までの半年間(185日間)の稼働率で80.3%を記録した。稼働状況を1か月程度の時間で見ると、稼働率90%を超える高稼働率運転を実現している月もあり、時間周波数国家標準の周波数の揺らぎをリアルタイムで観測することも成功したという。

  • 光格子時計

    イッテルビウム光格子時計の高稼働率運転データの一例(25日間の測定)。上のグラフの縦軸は、イッテルビウム光格子時計の相対周波数と、時間周波数国家標準UTC(NMIJ)の相対周波数の差(6.8秒平均)が表されている。白い筋に見える部分はデータの欠損部分。下のグラフは、一日ごと (出所:産総研Webサイト)

185日間はこれまでの記録を更新したもので、現時点では世界で最も安定して運用できる光時計といえるという。また、高稼働率運転の実現により、人工衛星を介して行われる時計の遠距離比較精度も大きく改善され、16桁の精度で国際原子時の監視を実現したとした。

今回の開発で光格子時計の無人運転が実現されたことで、現在、国際原子時の運用に大きく貢献しているセシウム原子泉方式一次周波数標準器などと同様に、光格子時計が高い稼働率を継続して国際原子時へ寄与できることが示されたという。今後、メートル条約関連会議などで、秒の再定義に向けた検討がさらに加速されることが期待されるとしている。

また、時間・周波数は、あらゆる計測量の中で最も正確に計測できるため、時計の精度の向上、時計の比較技術の高度化により、ごく小さな環境外乱(電磁場、重力場)による時計周波数への影響の観察が可能となる。長期間高い稼働率で運転できる正確な時間周波数源を、基礎物理定数の恒常性の検証や相対性理論の検証に用いることにより、基礎科学の発展への貢献も期待されるとしている。