国立極地研究所(極地研)、早稲田大学(早大)、JAXA、茨城工業高等専門学校(茨城高専)、名古屋大学(名大)、京都大学(京大)、金沢大学(金大)、電気通信大学(電通大)の8者は、国際宇宙ステーション(ISS)に搭載された複数の観測装置と、ジオスペース探査衛星「あらせ」との同時観測データから、ISSで観測される「電子の豪雨」現象の原因がプラズマ波動であることを明らかにしたと発表した。
同成果は、極地研宙空圏研究グループの片岡龍峰 准教授を中心とした約20名が所属する共同研究チームによるもの。詳細は、「Journal of Geophysical Research: Space Physics」に掲載された。
地上から約400kmの高度を周回する国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の船外実験プラットフォームには、複数の観測装置が取り付けられている。高エネルギー電子・ガンマ線望遠鏡「CALET」、全天X線監視装置「MAXI」、宇宙環境計測ミッション装置「SEDA-AP」などだ。これらの観測装置は種類の異なる放射線計測装置であり、高エネルギー電子を初めとする放射線の観測で活躍している。
共同研究チームは2016年5月に、これらの観測装置が計測したデータを用いて、ISSが夕方から夜にかけて磁気緯度の高い地域を通過する際に、数分間にわたってエネルギーの高い放射線電子が大量に降り注ぐ「電子の豪雨現象(相対論的電子降下現象:REP現象)」を発見した。
さらに、船外活動を行う宇宙飛行士の放射線被曝にREP現象が及ぼす影響を見積もることにも成功し、2019年12月に発表していた。しかし、その発生機構は謎のままで、この突発的な放射線量の増加現象を事前に予測する「宇宙天気予報」の実現のため、その解明が求められていた。
これまでの研究により、REP現象の原因は、その発生の時間的分布からイオンの作るプラズマ波動である「EMIC波動」ではないかと推測されてきた。そこで今回の研究では、ジオスペース探査衛星「あらせ」とISSが同じ磁力線上を通過した機会のうち、ISSでREP現象を観測した事例を選んで、ISSでの高エネルギー電子の測定結果と「あらせ」のプラズマ波動データの比較・解析が実施された。
なおジオスペースとは、地球近傍の宇宙空間のことをいい、MeV(メガエレクトロンボルト)を超える高エネルギーの電子が充満した放射線帯領域の「ヴァン・アレン帯」が存在する領域だ。「あらせ」は、ヴァン・アレン帯に存在する高エネルギー電子の生成過程を直接観測することを目的としてJAXAが2016年12月にイプシロンロケット2号機で打ち上げた探査衛星である。太陽風の攪乱によって起こる宇宙嵐に伴う粒子の生成過程や、宇宙嵐発達の仕組みを明らかにするため、放射線帯中心部で高エネルギーが生まれる過程を観測している。
解析の結果、推測されていたとおり、EMIC波動が原因となってISSでのREP現象が発生していた事例が確認された。さらにそれだけでなく、電子の作るプラズマ波動の「ホイッスラー波動」や、宇宙空間で発生する自然電波の一種である「コーラス波動」も原因となって、EMIC波動によるものとは“顔つき”の異なるREP現象が発生していることも明らかにした。
その“顔つき”の違いがわかるのが、画像1の6つのグラフだ。「あらせ」のプラズマ波動観測データ(左の3列)と、ISSでのREP現象の観測データ(右の3列)だ。間に矢印があることからわかるように、左右のグラフは対になっている。上から順に、EMIC波動とそれによるREP現象、コーラス波動とそれによるREP現象、静電ホイッスラー波動とそれによるREP現象だ。
左の「あらせ」による3列のグラフは、横軸が時間、縦軸が周波数で、色は強度を示す。波動の特徴的な周波数が時間とともにどう変化しているのかがわかるグラフだ。一方、右のREP現象の3列のグラフは、横軸が時間、縦軸が1秒ごとに検出された高エネルギー(MeV)電子の個数を示す。黒線は1.6MeV以上、赤線は3.6MeV以上のエネルギーを持つ電子が表されている。
REP減少について上から順にグラフを見ていくと、EMIC波動に対応する(a)のグラフでは、数十秒間で約10倍増加する長期トレンドでありながら、数秒ごとに倍近く変化する成分が確認することが可能だ。また、コーラス波動に対応する(b)では、不規則的であることが見て取れる。そして静電ホイッスラーに対応する(c)では、なめらかに50倍ぐらいの幅で単調に増加して単調に減少している。このように、それぞれ“顔つき”に違いがあるのがわかる。
この“顔つき”の違いは、時間分解能を高めたCALETのデータと、MAXI、SEDA-APの連携観測によって判明した。本来、CALETは一次宇宙線観測装置で、MAXIは天体物理学用の観測装置だが、今回の研究では本来の研究分野を超えた連携観測により、REP現象の原因を解明するに至ったとしている。
近年、これらのプラズマ波動が、いつ・どこで・どういう規模で発生するのかを予測するための研究が国際的に活発化している。特に、これらのプラズマ波動は人工衛星の障害の原因となるヴァン・アレン帯の電子を大気へ落として一気に消失させるため、放射線帯を予測するための研究も進められている。
今回の研究成果により、ISSでのREP現象の原因がプラズマ波動であることが明らかとなった。このことは、高度約400kmという低軌道を周回するISSでの宇宙飛行士を放射線被曝から守るための宇宙天気予報と、高度約3万6000kmの静止軌道を周回する気象衛星などを守るための宇宙天気予報が表裏一体であること、プラズマ波動を介して統一的に理解できることを示唆しているという。
共同研究チームは、これまで別々の現象と思われていた放射線帯での電子の消失や、ISSでの放射線被曝、脈動オーロラ、大気へのインパクトなど、多くの現象についての整合的、定量的な予測を目指して今後も研究を進めていくとしている。
なお、今回の共同研究チームに参加した研究者は、片岡准教授に加え、浅岡陽一主任研究員、鳥居祥二名誉教授兼招聘研究教授(以上、早大理工学術院)、中平聡志研究開発員、松田昇也特任助教、松岡彩子准教授(現職:京大大学院理学研究科教授)、篠原育准教授(以上JAXA宇宙科学研究所)、上野遥研究開発員(JAXA研究開発部門)、三宅晶子准教授(茨城高専国際創造工学科)、三好由純教授、栗田怜特任助教(現職:京都大学生存圏研究所准教授)、小路真史特任助教(以上、名大宇宙地球環境研究所)、笠原禎也教授(金大総合メディア基盤センター)、尾﨑光紀准教授(金大理工研究域電子情報通信学系)、笠羽康正教授(東北大学大学院理学研究科)、細川敬祐教授(電通大大学院情報理工学研究科)、内田ヘルベルト陽仁博士課程学生、村瀬清華博士課程学生(以上、総合研究大学院大学複合科学研究科)、田中良昌特任准教授(情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設)となっている。