東京都大田区にある日本体育大学荏原高等学校は、2年前から新入生全員にiPadを配布し、端末一人1台への対応を開始した。背景にあったのは、高大接続改革や学習指導要領改訂対応に対する危機感だったという。
「文部科学省から学習指導要領の改訂を含め、さまざまな改革の方向性が示されていました。教え方が変わっていく、評価の仕方が変わっていく中で、本校でもそれに対応していかなければ、生き残っていくことが難しいのではないかという危機感がありました。最初はSurfaceの導入を考えていましたが、総合的に判断しiPadに決めました」と、日本体育大学荏原高等学校 企画渉外部 部長 福島伸一氏は、iPad導入の背景を説明する。
まずは、教員全員にiPadを配布
導入はまず、教員からスタート。2017年9月に60台、2018年4月に30台を導入し、全教員に貸与した。さまざまな先進的な学校を見学し、参考にしたという。また、ICTの活用を定着させるためには、教職員の皆さんがiPadを日常的に利用する環境を構築する必要があると考えた。また、全教職員参加の研修会を定期的に開催し、ICT化推進に対する理解や、活用の幅を広げていった。
「まず、毎朝の職員朝礼にiPadを活用しました。それまでは口頭で伝え、みんながメモを取っていましたが、ロイロノート・スクールというアプリを活用し、連絡するようにしました。さらに、職員会議用の資料をGoogle Driveで閲覧できるように変更し、ペーパーレス化も行いました」と話すのは、同校 企画渉外部 システム管理主任 萬田依子氏だ。
同校 企画渉外部 企画広報係 赤沼理氏も、「私は3年ほど前に本校に赴任しました。当時を振り返ると、まずは教員にiPadを入れましょう、年間を通して研修をやっていきましょうという風に、iPadの利用については非常に計画的に実施している印象が残っています」と、同校の取り組みを評価する。
iPad導入前に全教室に電子黒板機能付きプロジェクターを完備
教育のICT化を推進するために、まずは電子黒板機能付きプロジェクターを導入。PCとプロジェクターを接続し利用を開始した。教材を拡大投影し、資料や設問などを提示することで、生徒一人ひとりが今まで以上に明確に学習課題をつかむことが可能になった。プロジェクター等ICT機器の活用は、研修や実際の授業を通じて、生徒の思考を深め、知識・理解の定着を図る効果が教員間で認識され、本校の教育のICT化普及の第一歩となった。
「当初は30教室の中で、5-~6教室がプロジェクターを使った授業を行っていました。研修を重ね、『簡単に教材は作れます』『簡単に接続できます』ということを理解してもらううち、デジタル教材の利便性がだんだん浸透していきました。最初はPCと接続していました。PCは重たいですし、接続準備も手間でした。iPadとAppleTVが導入され、その手間が改善されました。時間はかかりましたが、研修を地道にやっていくことで、徐々に広がっていきました。また、校長先生がICT化に積極的であった点も影響したと思います」(福島氏)
パソコン教室の改修とクラウド化を実現
このような取り組みを続ける中、2017年からはPC教室の改修プロジェクトを開始。同時に校務用と授業用で同じ回線を利用していたネットワーク環境の刷新にも着手し、無線LAN環境を敷設することも計画された。PC教室の改修プロジェクトは2年間の計画作成の後、昨年秋に完成した。
パソコン教室の改修では、同時にGoogleのG Suiteを導入。これには、情報共有や共同授業ができるという教育向けの効果やランニングコストの面でオンプレミスを止め、クラウド化したいという思いがあったという。
「生徒にiPadのほか、G Suiteも使えるという多様性やクラウド環境にも慣れさせたいという思いがありました。これまでは校内のサーバにデータがあり、生徒はパソコン教室に行かないと自分のデータにアクセスできませんでしたが、G Suiteにデータを保存することによって、パソコン教室に行かなくても、好きな時間にどこでもデータにアクセスできるようになりました」(福島氏)
2年前から入学時に一人1台 iPadを購入
同校の一人1台は教員からスタートしたが、生徒向けでは、2年前から入学時に一人1台のiPad(LTEモデル)を生徒自身に購入してもらっている。そして、今年4月、全校生徒が一人1台のiPadを持つ環境が整った。
「2020年に一人1台という政府の方針があったことや、品川区と大田区は、すでにその時に予算化して、一人1台に向け動いていました。本校に来る主な地域2区のICT化が進んでいる状態であるのに、本校がこの状態でいいのかという危機感がありました。2020年に一人1台を実現することから逆算すると、計画的に導入する必要がありました」(福島氏)
生徒に自費で購入してもらう点について赤沼氏は、「政府は一人1台環境を実現するために予算を付けていますが、単年度だけでは難しいと思います。iPadは3年も経てば使えなくなる可能性もあるので、今後も一人1台の環境を継続していくためには生徒側で購入してもらうのがいいと思います」と語る。
生徒の利用は、ロイロノートによる情報共有・双方向通信による授業とCLASSiによる自宅学習の2本柱だ。ロイロノートは協働学習が中心で、英語では英会話の様子を動画で撮影する課題を与え、提出させたりしているという。部活では、新入生向けに紹介ビデオを創って配信している。次のステップでは、自分たちで部活動を動画で撮影し、それを解析する取り組みも行う予定で、そのためにマルチメディアサークルを今年立ち上げ、活動を開始している。
今年3月にはZoomも導入
また、同校では新型コロナウイルスの影響で、生徒が登校できなくなる可能性が高かったことから、今年の3月中旬からZoomを導入。新3年生向けに進路指導を開始した。また、Zoomは緊急事態宣言で休校が続くなかで、生徒の面談にも活用したほか、授業をオンデマンドで配信し、その授業に対する課題を与えるという取り組みにも利用した。
ICT化の効果と課題
ICT化した効果について福島氏は、「私たち教員の意識も変わりました。いろんな面が効率化されて利便性が向上したという、肯定的な意見が8割を超えています。情報の共有や複製も簡単にでき、ペーパーレス化もできました」と、一定の効果があったと評価する。
生徒側の効果についても同氏は、「アクティブラーニングはiPadとの親和性が高いので、授業はやりやすくなったと思います。生徒も興味をもって授業に臨めるという効果も当然あると思います。また、自分から進んで学習してほしいという効果を狙ってICT化を行ってきましたが、その部分の効果も出ています。そのほか、プロジェクターに投影して授業を行うことで、伝わる量も増えるため、授業が50分と限られた中で、スピード感も上がったと思います。教員が伝えたいことが正しく伝わるというのはICTの効果で、実際に、テストの点数や赤点の数も改善されています」と、目に見える効果が出ていると述べる。
ICT化によって、教員はそのための資料作りに追われるのではないかという懸念に対しては、投影用の資料も教科書会社から提供されるため、新たに授業のための資料を作成することは少ないと回答した。
「これまで何かしらのプリントは作っていたので、新しく教材を作成するというよりも、これまであったものを修正して利用している先生が多いと思います」(萬田氏)
一方課題としては、iPadの不適切利用が年に数回あるという。また、まだ紙の文化が残っているので、それを共有ファイルで閲覧する方式に変えていく必要もあるという。教員によって、活用の幅に違いがあるのも事実だ。
「まだ学年や教科によって活用に差があるので、こういった部分が改善できればと思っています」(萬田氏)
ただ赤沼氏は、ICT化は目的ではなく、あくまで手段だと語る。
「ハードウェアが揃いつつありますが、これらはあくまでもツールです。どういう教育をしたいのかというのがまずあって、それに対してデバイスをどう活用していくかが重要だと思います。それがないと、どうしてもICTに振り回されることになります。今回のコロナへの対応においても、ICTによっていつも以上に生徒とコミュニケーションが取れたのは良かったと思います。それができたのは、どういう教育をし、それに対してICTをどう活用していくかという認識が教員間で共有できていたからだと思います」(赤沼氏)
また、福島氏は単に、授業をICT化するだけでは、だめだと語る。
「授業をリアルタイムでやるのがいいのか、作った教材をアップして、生徒がアクセスして閲覧するのがいいのかはわかりませんが、単に、これまでの授業をデジタル化するだけではなく、それに合わせて教員の授業スキルもアップしていく必要があると思います」と、授業のやり方もICTに最適化していく必要があると指摘した。