新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、2018年2月27日に国立大学法人北海道大学と起業家支援の相互協力に関する覚書を締結したことを皮切りに、大学発ベンチャー育成に力を入れる有力な国立大学と次々と同覚書を締結している。

2019年11月20日に国立大学法人金沢大学との覚書を締結した結果、2020年2月時点では合計13校の大学と締結済みになった。NEDOは日本での大学発ベンチャー企業の創業数を増やし、育成することによって、新規事業の増加などによる日本でのイノベーション創出力を高める環境づくりを一層進める方針だ。

NEDOと起業家支援に係る相互協力の覚書を提携した有力大学は、それぞれが独自のベンチャー企業創出エコシステムを構築しつつある。

今回は、2019年6月26日にNEDOと同覚書を8校目として締結した山口大学の契約担当者となった堀憲次 理事・学術研究担当副学長に、ベンチャー企業の創業を加速するイノベーション創出の環境づくりについて聞いた。

  • 山口大学

    堀憲次 山口大学 理事・学術研究担当副学長

--山口大が進めているイノベーション創出を高める環境づくりの特徴は?

堀氏(以下、敬称略):山口大では現在、大学の全学部と大学院の全研究科で、知的財産教育を実施しています。日本の大学・大学院の中で、山口大が一番先行して体系的な知的財産教育を確立し、現在ではそれをさら拡充させて実施しています。これがイノベーション創出環境の基盤になっています。

正確には、文部科学省の支援を受けて、2013年度から、知的財産教育を体系的に整備し、実施し始めました。その特徴は、山口大の1年生と2年生に対して必修科目として知的財産教育を始めたことです。

これまでにも、選択科目として知的財産教育を部分的に行っていた大学・大学院はいくらかはありましたが、大学の1年生と2年生の全員に社会人としての基盤教育と考えて必修科目として実施したのは山口大が初めてです。必修科目にするために、知的財産教育の授業にはアクティブラーニングなどを取り入れ、試験の内容やそのやり方もかなり工夫しました。この工夫などはかなり苦労した結果、その教育効果が出てきていることを実感しています。

さらに、この既存の知的財産教育科目に加えて、知的財産創造教育科目を体系的に整備し、現在では大学の全学部・大学院の全研究科で知的財産教育を行っています。2018年度時点で知的財産創造教育科目は、山口大の大学・大学院では29科目に達しています。

例えば、山口大の国際総合科学部の知的財産教育では、知的財産入門とその演習を組み合わせた教育カリキュラムを組んでいます。

  • 山口大学

    国際総合科学部の知的財産教育のカリキュラムの一部 (山口大学の資料より抜粋)

--「知的財産創造教育科目」とは、どのような内容の講義内容なのでしょうか。その狙いは何になるのでしょうか?

掘氏:知的財産教育と聞くと、工業面・産業面での研究成果から産まれる発明を権利化する特許などの工業所有権の知的財産教育を思い描きます。しかし、最近はいくらか意味合いが変わってきています。

例えば、農業分野では新しい野菜や果物の品種改良に成功すると、その品種登録と育成者権が基本的な知的財産権になります。さらに大事なことは、最近はその野菜や果物の品種の商品名の商標登録なども重要になるケースが増えています。さまざまな知的財産権を包括的に、さまざまな仕事・事業面で戦略的に確保することが必要になります。

最近では日本の各都道府県ではイチゴの新品種開発が盛んになっています。そのイチゴの新品種の名前など(例えば、福岡県の「あまおう」や栃木県の「とちおとめ」など)の商標登録が非常に事業戦略上で重要になっています。この場合にはさらに意匠権も必要になるケースもあります。このように実は知的財産創造教育は全学部・全研究科を卒業・修了した学生が社会人としてビジネスを進める際に不可欠な科目になっています。

当初は工学部系などで求められる知的財産教育をまず整備しました。初年度となった2013年当初は、ITなどの情報化社会向けに知的財産教育を拡充する姿勢でしたが、次第に「Society 5.0」などの高度な情報社会化に向けた教育が重要と判断し「現実社会を分析し、行動する力をデザインする能力」を養う知的財産創造教育に進みました。

簡潔にいえば、情報社会での変化に対応する「知識・スキルを統合する教育」を山口大は目指しています。この知的財産創造教育は「新しい社会人教養である」と学生には伝えています。

この知的財産創造教育は、山口大の専門職大学院である技術経営研究科向けでも体系を整備・拡充する一方、山口大の学部を再編して、2015年4月に開講した国際総合科学部では、学部の必修科目として教育を行い「知的財産と技術経営」科目などを3年生で教えるなどの工夫を凝らしています。

--毎年3月に山口大は東京都内で「山口大 知財教育シンポジウム」と銘打ったイベントを開催していますが、この役割は何でしょう?

堀氏:「山口大 知財教育シンポジウム」は、山口大が知的財産教育研究共同利用拠点として、山口大・大学院で蓄えた知的財産教育の授業内容を、日本の他大学・他大学院などに公開し、伝授するものという位置づけです。

具体的には、教材や授業のノウハウ、試験方法のノウハウなどを他大学・他大学院の知的財産教育担当の教員に伝達しようというものです。原則、知的財産教育のやり方のすべてを公開しています。このシンポジウムは、山口大の研究推進機構の知的財産センターが担当しています。

これは文科省から知的財産教育の拠点校として山口大が特別運営費交付金を受けたことから、知的財産教育の教材とノウハウを他の大学・大学院に公表し伝達するミッションを受け持っているからです。日本でのイノベーション創成を盛んにする活動の一環になっています。

今年は3月9日に東京・港区にて「知財戦略を社会実装する人材育成」をテーマに開催する予定です

--知的財産創造教育を支える教育法の進化は?

堀氏:2016年に理学部・理学研究科と工学部・工学研究科、農学部・農学研究科を再編してつくった創成科学部・創成科学研究科では知的財産創造教育を基に、課題解決型プロジェクト研究(CPOT:Center for POst graduate skill Training)とアントレプレナー教育を始めました。

  • 山口大学

    課題解決型プロジェクト研究(CPOT)の概念図(部分) (山口大学の資料より抜粋)

最近は、大学院を修了した修士や博士に対して、社会からは数学や統計学を駆使するデータ分析力や多様な価値をつくり出すプロデューサー能力に、人文科学の素養などの高度な能力を持つ人材が求められているために、課題解決型のプロジェクト研究を進めています。これに、各専攻横断型の学生小集団(コホート)を組み合わせた手法によって実施しています。

この場合には、複数の教員が学生小集団にプロジェクト研究を教え、異分野を学ぶ場としています。大学以外の企業の方々にも、指導してもらうケースもあります。

このように、山口大大学院では「CPOT教育推進計画」という工程表を作成し、イノベーション人材養成を進めています。

要は大学院教育を再構築し、イノベーション人材育成を図っています。この場合は、「志」イノベーション道場という独自の場を学内に別に設けて、イノベーション人材育成を進めています。

--その「志」イノベーション道場とは?

堀氏:これは、まさにベンチャー企業などを創業するアントレプレナー人材養成の場です。

具体的には「起業家支援セミナー」では実際に大学発ベンチャー企業を創業した企業の代表取締役やCEO(最高経営責任者)などの方々に体験談を語っていただき、具体的な視点を教えていただいています。同時に大学発ベンチャー企業などのスタートアップをどのように具体的に支援するかというVC(ベンチャーキャピタル)や起業家支援の実務家にも事業化するポイントなどを教えていただいています。

そして、これにベンチャー企業創業のビジネスプランの発表会などを組み合わせて、効果を上げています。

--山口大発ベンチャー企業の実績は?

堀氏:2000年ころから、山口大の研究成果などを基にした山口大発ベンチャー企業が毎年、数社が創業し始め、いくらか未確認の部分もありますが、現在でも15社程度が事業活動を進めています。その中では、ほぼ同数程度が創業後にベンチャー企業としての事業活動を止めている模様です(正確には、事業活動を確認できない企業は、その後が把握できない企業もあって、推定したもの)。

著者注:2020年1月27日、山口ファイナンシャルグループ(YMFG)と山口大は、山口大発のスタートアップ企業を育成する投資ファンド「Fun Fun Drive投資事業有限責任組合」を設立し、山口大発ベンチャー企業の創業を支援する態勢を固めたと公表した。山口ファイナンシャルグループは、山口銀行、もみじ銀行、北九州銀行の持ち株会社である

実は、この現在も存続して活動中の山口大発ベンチャー企業の1社であるTransition State Technology(TST、宇部市)の創業時には、発起人の1人を務めています。同社の代表取締役は、当研究室で博士課程に進み、博士号を得た人物です。

TSTは2007年に科学技術振興機構(JST)の大学発ベンチャー創出推進事業に採択され、2009年6月に創業した山口大発ベンチャー企業です。同社は、科学技術計算などの受託事業を事業として着実に前進させています。つい最近は、事業化を一層進めるために、東京事務所を開設したところです。