日本IBMは2月3日、都内で記者会見を開き、昨年11月に発表された「IBM グローバル経営層スタディ」の結果に基づき、日本の20業種、858人の経営層の回答傾向に焦点をあてることで、日本企業や公的機関がとるべきデータ活用戦略について論じた「IBM グローバル経営層スタディ日本版 データ活用戦略の一般原理:顧客・企業・エコシステムをめぐるデジタル空間の価値転換」を発表した。

同レポートは顧客からの「信頼」を得て、データそのものを「信頼」し、エコシステムにおけるデータ流通への「相互信頼」を形成できている企業が、さまざまな業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)をけん引していることが分かったという。

最新版では、信頼に基づいたデータ活用戦略に関して、(1)「顧客との関係性:アウトプットからアウトカムへ」、(2)「企業経営と組織:予算・計画主義から価値・実行主義へ」、(3)「エコシステム:競争優位から共創優位へ」という3つのデジタライゼーションにより、もたらされたデジタル空間における「価値の転換減少」がはじまっているという洞察が得られた。また、日本企業と海外企業の状況を把握することで、取り組み状況の違いを浮き彫りにしている。

  • データ活用戦略の一般原理の概要

    データ活用戦略の一般原理の概要

データ活用に向けた取り組みにおいて「効果が明確に実証されたユースケースがある」と回答した経営層はグローバル全体で39%、日本では26%とだったほか、「データを十分に収集・利用・共有できている」と回答した経営層はグローバル全体で36%、日本では23%となった。

日本の経営層の3分の2以上がデータ活用において最も重要なユースケースを開発できていないと考えており、DXやデジタライゼーションに向けた課題を認識している。これは、ユースケース構築に必要なデータ収集・利用・共有ができていないことが理由の1つだと推測している一方で、ユースケースのイメージがないため、どのようなデータを収集・利用・共有すべきかわからないということも推察されるという。

日本IBM グローバル・ビジネス・サービス 事業戦略コンサルティング パートナー IBV Japan Leadの岡村周実氏は「データを活用したユースケースは一口に言っても、さまざまな領域があるため、3つの領域に分類した」と述べた。

  • 日本IBM グローバル・ビジネス・サービス 事業戦略コンサルティング パートナー IBV Japan Leadの岡村周実氏

    日本IBM グローバル・ビジネス・サービス 事業戦略コンサルティング パートナー IBV Japan Leadの岡村周実氏

(1)の「顧客との関係性:アウトプットからアウトカムへ」については、デジタライゼーションは企業や個人のファイヤーウォールの外側にあるデータが活用されていた第1章から、企業や個人がファイヤーウォールの内側に保有する「虎の子のデータ」を活用する第2章へと進展することで、新たな価値創造がスタートしているという。

  • 「虎の子のデータ」概要

    「虎の子のデータ」概要

データ活用により、顧客が享受する価値を直接評価・制御できるようになることで、製品・サービス(アウトプット)の販売といった取引に止まらず、アウトカムそのものを取引する事業の革新が起こりつつあり、その結果として企業が顧客との関係を管理(CRM: Customer Relationship Management)する時代から、顧客が企業との関係性を管理(VRM: Vendor Relationship Management)する時代への転換が始まっている。

調査では「満たされていない顧客ニーズを特定するためにデータを活用し成果をあげている」と回答した経営層は、グローバル全体で42%、日本では32%だったほか、「すべての顧客接点において価値向上を実現するプロセスを構築している」と回答した経営層はグローバル全体で41%、日本では31%となった。日本の経営層の3分の2が、顧客価値の評価や管理に向けたデータ活用に課題を認識しており、グローバルと比べて、取り組みが進んでいない状況となっている。

また、同氏は「従来のインターネット上で流通していたデータではなく、ファイアウォールの内側で保有していたミッションクリティカルなデータ『虎の子のデータ』を活用したDXが誕生している。しかし、データ漏えいや合意なき利用などの課題は価値創造の前提となる関係性を損なってしまうため、虎の子のデータを用いるためには『信頼』が前提として不可欠となる。これからの企業と顧客の関係性で重要なことは信頼となり、その関係性が高い場合、顧客は多くの枢要なデータが開示し、企業はより高い付加価値を提供できるようになることから、信頼の高低によって企業の優勝劣敗が明確についてしまう。1つ1つの顧客接点において、価値向上(アウトカム)を実現するプロセスが構築できていないため、データが収集されずにニーズが特定されない」と説明する。

  • 「虎の子のデータ」活用には「信頼」が前提となる

    「虎の子のデータ」活用には「信頼」が前提となる

(2)の企業経営と組織:予算・計画主義から価値・実行主義に関しては、これまで企業の業績は主に過去の活動の結果であり、それを評価・分析することで、将来の予算や計画のための指針を導いてきたが、現在は経営のデジタライゼーションで、業績の着地に至るシナリオを予知し、優先すべき価値とその実行を即座にきめ細かく推進できるようになっている。

経営のDXで、価値・実行の主体は業務を担う現場の人財となり、必ずしもIT技術の専門家ではなくともDXを主導する役割を担うためには、経営のリーダーシップを持ち、必要な経営革新や環境整備を進めていく必要があるという。

このような中「意思決定のために必要なデータが充実している」と回答した経営層は、グローバル全体で52%、日本では41%だった。一方で「意思決定の質を向上させるためにデータを重視している」と回答した経営層は、グローバル全体で49%、日本では57%となった。

日本の経営者は、データに基づく経営に対する高い意識を持ちながらも、いまだそれを充分に実現できていないというジレンマを抱えており、原因の1つに経営層の考え方の違いが挙げられ、例えば「社員が必要とする分析スキルやツールの提供を積極的に行っている」と回答した経営層は、グローバル全体で45%、日本では28%だった。

IT人材を含む社員のデータ活用能力の強化に向けた投資の考え方が、大きく異なることが想定された結果「データ分析とデータサイエンスに精通した組織・人材を揃えている」と回答した割合においても、グローバル全体で34%、日本では23%と、大きな差がついている。

岡村氏は「これまでは結果で評定した上で経営していたが、これからは未来を予知して多様な価値のシナリオを考え、売上をマネージし、このような観点で組織をガバナンスする経営に移行していく。ありとあらゆるReal World Dataを先行指標として経営指標に紐づけることで未来予知型の経営が可能になり、これを経営構造のデジタルツインと呼んでいる。しかし、日本企業では意思決定のためのデータが充実していない」との認識を示す。

  • デジタルツインの経営構造の例

    デジタルツインの経営構造の例

デジタルツインの経営を可能にしていくためには、KPIの関係性をすべて構造化し、先行指標をオンタイムかつ正確に把握し、経営者自身が未来予知がの事業・組織経営にコミットすることが望まれている。一方で、デジタルツインの構造を作り、実際に売り上げなどを改善するのは現場の人たちであり、組織の中における営業や調達部門をはじめとしたシチズンデータサイエンティスト=OT(Operation Technology)人材がカギを握るという。昨今ではデジタルの専門性を持たない人材であってもデータ分析やアプリケーション開発が可能な環境が整いつつあり、これらの人材のデータ活用能力の向上によりデータ駆動型企業への変革が図れるとしている。

  • OT人材の能力活用も必要になるという

    OT人材の能力活用も必要になるという

(3)のエコシステム:競争優位から共創優位では、任意のアウトカムの創造を目的に企業や個人が相互に連携して価値創造を行うエコシステムが産業の枠組みを超えて連携し、急速に数や多様性が拡大しており、各エコシステムの特徴や関係を理解し、棲み分け、共生といった共創のための戦略策定が急務になっているという。

エコシステム上での共創には、機密性の高いデータの共有や連携するための信頼が必要となり、調査では「明確な方針に基づき、ビジネス・パートナーとデータを共有している」と回答した経営層は、グローバル全体で32%、日本では22%となった。

また「サードパーティー・データを収集して、顧客行動の理解を深めている」と回答した経営層は、グローバル全体で36%、日本では29%となり、日本の経営層の多くがデータの共有と収集をうまく進められていないことが判明している。このような状況が継続し、共創が加速しない場合、日本企業・組織を中心としたエコシステムが進化せず、グローバルの競合に遅れてしまう可能性があると指摘している。

同氏は「デジタル空間において新しい企業が誕生しており、われわれはCognitive Enterpriseと位置付けている。これは、デジタルテクノロジーを活用して顧客のアウトカムを認識し、取引することができることに加え、自らのアウトカムを認識し、経営することができる企業のことであり、デジタル空間における認識能力が価値創造の時代で重要になる」話す。

そして「デジタル空間におけるエコシステムを共創していくのかと言えば、さまざまな階層のプラットフォーム同地が連携しつつ、すみわけ・共生を図っていくことが肝要であり、従来の競争環境を捉えなおす必要がある。さらに、コスト競争や差別化競争以外の戦い方を積極的に検討すべきだ」と述べていた。

  • エコシステムでの生存・繁栄戦略はすみわけと共生がカギになる

    エコシステムでの生存・繁栄戦略はすみわけと共生がカギになる