オリンピックイヤーを目前に控えた2019年12月、クラウド会計ソフトなどを提供するfreeeが東証マザーズへの上場を果たした。今回、同社 CEOの佐々木大輔氏にインタビューの機会を得たので、その模様をお伝えする。

佐々木大輔(ささき だいすけ)

freee株式会社 CEO


Googleで日本およびアジア・パシフィック地域での中小企業向けのマーケティングチームを統括した後、2012年7月にfreee株式会社を設立。Google以前は博報堂、投資ファンドのCLSAキャピタルパートナーズにて投資アナリストを経て、レコメンドエンジンのスタートアップであるALBERTでFOと新規レコメンドエンジンの開発を兼任。一橋大学商学部卒、専攻はデータサイエンス。

“プラットフォーム元年”と位置付けた2019年

--昨年を振り返ってみていかがでしょうか?

佐々木氏:われわれでは、2018年から「スモールビジネスを、世界の主役に。」というミッションを掲げ、そのような中で昨年は会計、人事ソフトという業務アプリケーションを基盤に、APIを用いてビジネスとビジネスをつなぐプラットフォームを目指し、“プラットフォーム元年”と位置付けました。

結果として、それまでもAPIを用いてサードパーティのパートナーが開発する連携アプリケーションを提供していましたが、アプリストアを提供開始したことで開発パートナーは連携アプリケーションをユーザーにマーケティングできる一方で、われわれだけでは満たせないニーズへの対応が可能になりました。

これまで日本のソフトウェア業界は閉鎖的な雰囲気もありましたが、オープンなプラットフォームで互いにつながるという新しい時代に突入したことを検証できました。

また、当社のデータを活用したプラットフォームとして昨年6月にリリースした「資金繰り改善ナビ」は、資金繰りが大変でも融資の審査は敷居が高いことから、審査をしなくても当社のデータを用いて先々の資金繰りの予測機能や、融資の条件が事前に把握が可能となり、従来は融資や資金調達などを考えられなかったユーザーに対し、資金ニーズの充足法を示せたという点で好評です。会計、人事ソフトを中心にしながらもエコシステムをしっかりと構築できたと感じています。

そして、昨年の12月17日に東証マザーズへの上場を果たしました。上場前までは序章でしたが、これから第1章であると位置づけています。これは事業的にも意味があり、3年ほど前から上場企業・上場準備企業にも当社のサービスを利用してもらう取り組んでいますが、特に中堅企業に展開していく切り口の1つとして、今回の上場にあたり当社では自社サービスを徹底的に活用しました。

その結果、証券会社の審査をはじめとしたプロセスは当初の計画から1日もずれ込むことがありませんでした。これは、証券会社としては極めて異例でスムーズなプロセスであったと評価されており、自社サービスの1つの好例として世の中に示すことができ、事業上では大きなマイルストーンでした。

“統合型のクラウド会計ソフト”が強み

--競合他社と比べて、どのような形で差別化を図っていますか?

佐々木氏:当社のサービスで一番の独自性は“統合型のクラウド会計ソフト”であるという点です。統合型がなにを指すのかと言えば、日々のバックオフィス業務で自動的に会計帳簿がつくという仕組みになっています。

これまでの非クラウド、クラウドの会計ソフトは基本的には会計帳簿を編集していくというやり方でした。われわれは入金の管理やレジとの連携、支払管理、経費清算の管理などは自動的になるため、簿記の知識がないユーザーに喜ばれています。通常、会計ソフトは1カ月に1回、1年に1回しかデータ入力しませんが、リアルタイムにデータが入力されるため、すぐに分析に活用することができます。

世界的な中小企業向けの会計ソフトも統合型にシフトしていますし、大企業向けであればERPとして標準化されています。そのため、統合型のクラウド会計ソフトというのは当社の独自性です。そして、APIによる拡張性を掛け合わせることで幅広い業務をサポートしつつ、自動化するという新しい世界を実現しています。

--上場に至った背景としてはどのようなことがありますか?

佐々木氏:SaaSのビジネスは成長投資が必要なビジネスモデルであることから、資金調達を継続的に行ってきました。

未上場での資金調達とパブリックマーケットから資金調達することを両睨みの状態で考えてきましたが、最近ではパブリックマーケットから資金調達するメリットが大きくなっていました。

資金調達の手段を豊富に持つことに加え、社会的責任を担うようになる中で、より広い株主からのガバナンスが効くことは、当社の責任に対するあり方として信頼を獲得するという面でもプラスに働くと思います。また、上場したことで成長投資だけでなく、M&Aなどへの投資が可能になります。

--中堅企業に向けたアプローチについては、どのようにお考えですか?

佐々木氏:昨今では潮目が変わってきていると思います。労働人口が減少に転じ、働き方改革に伴う労働時間の短縮、大企業における人材採用の活発化などの影響で中小・中堅企業は人材確保にかなり苦戦しています。

そのため、人出不足を補うことは喫緊の課題となっており、クラウドで簡単に導入でき、従業員全員がIDを持ち、コラボレーションしながら自動でバックオフィスの帳簿や給与計算などが回るという世界感は課題解決が図れるため、ニーズは強いと感じています。

“誰でもビジネスを強く、スマートに育てられるプラットフォーム”を構築

--将来的な日本の電子公告・電子申請のあり方についてはどのようにお考えですか?

佐々木氏:いくつかの課題があります。一番大きなものは、そもそも認証手段が統一されていないことであり、認証について考えすぎな傾向があります。

例えば、社会保険の資料提出をする際は電子証明書の提出が求められますが、個人はマイナンバーカード、企業であれば電子証明書を法務局で取得するか、あるいは認定業者が出しているものを取得しなければなりません。

個人のマイナンバーは必ずしも全員が保有しておらず、法人の電子証明書は期限ごとに購入が必要となることから、なぜ電子化に費用が発生するのかという意見もあります。そのため、全員が認証手段を入手できる状況ではないのです。

一方で、役所に書類を提出するときは本人確認はしないものの、オンラインの場合はIDとパスワードで十分であるにもかかわらず、電子証明書を使わなければならないのかということもあり、オンライン上での本人確認は対面よりも圧倒的にハードルが高いものになっています。これにより、認証が難しすぎて使われていない状況にあります。

また、法人は電子申請後に行政側からの通知が紙に限られています。そのため、電子申請は一方通行になっており、改善の余地は大いにあります。さらに、省庁ごとのデータベースが連携できていないため、各省庁がバラバラで調達・設計するのではなく、統一することが望ましいです。

根本には省庁が生え抜き文化であり、これは大企業でも同様でソフトウェアの活用が遅かったことがあると思います。経営レベルでのテクノロジーへの理解、ソフトウェアマネジメントができていません。その文化が変わらないといけないという危機意識はありますが、幸い調達関連は進歩しつつあるため、今後に期待したいですね。

--キャッシュレスについてはいかがでしょうか?

佐々木氏:試金石になると思います。今回、IPOに際して英文書も作成し、海外の投資家に説明しましたが、日本への旅行・出張は現金が必要なため大変だという認識のようです。そのため、オリンピックのタイミングで変化したと思われるにはキャッシュレスは重要です。

今後、生活において重要かつ必須な部分において電子化していく流れはあると思います。また、それらに関連するものも電子化していくのではないでしょうか。

--2020年の抱負についてお聞かせください。

佐々木氏:2019年はソフトウェアからプラットフォームに拡張することにフォーカスしました。これにより、単なるソフトウェアだけでは提供できない価値を提供できたと実感しています。そのため、今年以降はプラットフォームの基盤自体を拡充し、より広範なユーザー層を取り込みたいと考えています。

一方、長期間的には“誰でもビジネスを強く、スマートに育てられるプラットフォーム”の構築を進めます。当社サービスの「クラウドERP」で企業内の業務効率化・可視化を進めることで顧客基盤を広げるとともに、企業間では、どのように連携を容易にし、当社のデータを活用して経営課題を解決できるサービスを展開できるのか、ということに取り組んでいきたいですね。