ライフサイエンスや診断、応用化学といった分野に分析ソリューションを提供するAgilent Technologies(アジレント)。同社は現在、売り上げの8%を次世代製品や診断ソリューションなどを開発する研究開発費として投じているが、それとは別にそうした数年先の製品ではなく、より長期的な視点で研究を行う「Agilent Research Laboratories(いわゆる中央研究所)」を有している。

同ラボは、自社以外の社外パートナーとの研究や、同社とのコラボレーションが見込めるベンチャー企業への投資、そして世界中の大学との関係構築などの役割を担っている。その先頭に立ち、将来の研究開発の方向性などの決定を行う同社 Senior Vice President,Chief Technology Officer(CTO)であるDarlene Solomon(ダーリン・ソロモン)氏がこのたび来日。同社の長期的な視点に立ったテクノロジーイノベーションがどのように生み出されているのか、といった話を聞かせてもらった。

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    AgilentのSVPでCTOを務めるDarlene Solomon氏

同ラボは、将来のアジレントにおける技術的な優位性の確保を目指し、主に7~10年先を見据えた研究を行っているが、その根底には、「Advanced the Life Science Research - to - Diagnostics / Therapeutics Continuum(ライフサイエンス研究から、診断・治療までの一連の流れを強化)」というテーマがあるという。そのため、「基礎研究もやっているが、顧客の価値をどうやって高めていくか、そのためにはアジレントをよりよいものとしていくためにはどうするべきであるのか、を考えて行動している」とするほか、もう1つ重要となるのがアカデミア(学術界)や政府、ほかの企業などとのパートナーシップだとしており、そうしたパートナーと協力して、現在は「細胞工学」「細胞解析」「データサイエンス/インテリジェントシステム」「核酸合成・機能」「オミクス」「LS&パソロジーワークフロー」といった研究テーマで研究活動を進めているという。

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    Agilent Research Laboratoriesの概要 (アジレント配布資料より抜粋)

また、大学とのパートナーシップとしては、「University Research Partnership Programs」として、3つのプログラムが展開されているという。1つ目が「University Research Grants Program」で、アジレントの技術担当者と大学の研究者が協力して、アジレントのR&Dを加速させ、サイエンスの発展を可能とする新たなテクノロジーや手法を開発することを目的に2006年より行われている資金提供プログラム。これまでに800件以上、30カ国、250以上の大学と協力してきたとする。キーサイト・テクノロジーと分社化して、分析ソリューション専業となった2014年以降では、日本からは東京工業大学、大阪大学、群馬大学、千葉大学の4大学がプログラムに採択された実績があるという。

2つ目は、基礎科学の発展、およびアジレントの技術リソースへの大幅なアクセスを可能とするプログラム「Thought Leader Awards Program」で、2010年より行われている。アジレントが主体的に選考を行って授与する形式のもので、これまでに40名ほどが受賞しているが、残念ながらアジアからの受賞は中国ならびに韓国のみで、日本からはまだないとのことである。

そして3つ目が「Early Career Professor Award Program」で、若手教授賞とも呼ばれている。次世代のソートリーダー誕生の支援、ならびにアジレントおよび世界にとって重要となる研究を促進することを目的とした賞で、受賞者には使用用途に制限のない研究資金10万ドルが与えられるほか、オプションとして賞金を活用してアジレントの製品を50%オフで購入したり、10万ドルを超す機器の調達のための支払いを加速させたり、といったことも可能だという。

2009年から毎年開催されており、これまでに50名の大学・研究機関に所属する研究者が受賞もしくは最終選考対象として選ばれているという。2019年の受賞者は10月に発表されたばかりで、2019年11月時点で、2020年の申し込み受付も開始されている

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    大学・研究機関とのコラボレーションに向けた3つの共同研究プログラムの概要 (アジレント配布資料より抜粋)

また、このほか、スタートアップ支援を目的とした「Early Stage Partnership Program(ESP)」も展開している。「ライフサイエンスのスタートアップや大学の研究室と一緒に協力していくことはエコシステムを構築する上では重要であり、このプログラムは、そのコラボレーションを加速させることが目的」と同氏は説明するが、その一方で、対象となる企業の多くが米国のスタートアップであることを踏まえ「このプログラムは少人数のチームで運営しているので、それほど手を広げることができないのは心苦しい限り」ともしており、世界中に重要なスタートアップが生まれてきていることは理解しているので、今後、サポートの提供範囲を広げていきたいとしている。

加えて、このプログラムについて同氏は「ベンチャーキャピタル(VC)の投資との大きな違いは、アジレントの戦略にフィットするかどうかに重点を置いている。そこがファイナンス的に良いかどうか、というVCによる投資とは異なる点」とし、スタートアップにおける研究者の能力など、人材といった面を見ることも重要だとしている。

  • アジレント

    長期的なイノベーションに向けた研究も、製品/ソリューションに向けたR&Dも、M&Aも、すべては顧客がよりよく自分たちの活動を推進してもらうため、ということが大前提であり、そのために必要と考えられるものを、さまざまな角度で取り組むのが今のアジレントの姿だといえる (アジレント配布資料より抜粋)

こうした大学関連やスタートアップに向けてのさまざまなプログラムの実施によって、多くの研究者たちが、これまでよりもよりよい研究成果を出せるようになることが期待されるが、日本ではライフサイエンス系のスタートアップの数はそれほど多いわけでもなければ、多くの大学で研究資金が不足していると声を挙げるようになってきたり、博士課程を修了しても就職先がない、いわゆるポスドク問題をはじめとした優秀な若手研究員を活用しようと思っても、それに見合うポストが用意できないといった課題もあり、なかなかこうしたプログラムの恩恵を受ける状況にさえたどり着けない、といったことも想定される。そこで、会場に居合わせた日本法人であるアジレント・テクノロジーの代表取締役社長を務める合田豊治氏に、こうしたことを前提に、日本独自のプログラムの可能性について聞いてみたところ、「日本独自のコラボレーション活動を行いたいとは思っているが、実際に行うかどうか含め、これからの課題」という一見、前向きとも取れるコメントをいただいたが、コメントにもあるように、会社として決定していることでもなく、あくまで合田氏が自身の希望を口にしたレベルの話の段階である。同社のこうしたプログラムに限らないが、企業と大学が日本において、これまでの枠組みを超えるような形でのコラボレーションを図ることができるようになれば、日本からもいままで以上に多くのイノベーションが創出されることが期待できるようになるだろう。そうした意味では、同社の取り組みは、イノベーションを生み出し、成長を図りたい多くの企業にとって、大いに参考すべきものであると思われる。