民間による宇宙開発が加速している。低軌道の衛星はもちろん、近年は月面探査なども民間の領域になりつつあり、宇宙開発がどんどん身近になってきた。とはいえ、輸送費用が高いという根源的な問題が残っており、それが障壁となっているものの、ロケットの分野でも民間の存在感が増しており、今後、敷居はさらに下がっていくだろう。

民間の進出が盛んなのは、そこに大きなビジネスチャンスがあると見られているからだ。民間なので利益を追求するのは当然であると言えるのだが、そんな中でもかなり毛色が違う民間団体がリーマンサットスペーシズ。彼らの「リーマンサット・プロジェクト」(rsp.)は、なんと有志が「趣味」でやっている宇宙開発なのだ。

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    開発中の風景。取材時には、室内で10人以上が作業をしていた

創設は2014年。最初は5人で立ち上げたこのプロジェクトも、現在は500名を超えるほど規模の大きな組織に成長した。一般の社会人・学生による趣味の集まりなので、どちらかというと"サークル"のノリに近いのだが、驚くのは、実際にキューブサットを1機作り上げ、すでに打ち上げた実績があるということだ。

最初のキューブサット「RSP-00」は、H-IIBロケット7号機/こうのとり7号機で打ち上げ、2018年10月、国際宇宙ステーションから宇宙空間へ放出された。残念ながら、衛星からの通信は届かなかったものの、現在、次号機として「RSP-01」を開発中だという。この衛星について、プロジェクトマネージャの三井龍一氏に話を伺ってきた。

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    三井龍一氏(右下)と伊藤州一氏(右上)。RSP-01はプロマネ2人体制で開発している。左のクリーンブース内でRSP-01の組立が行われていた

RSP-01はどんな衛星?

RSP-01のメインミッションは、宇宙空間での"自撮り"である。大きさはわずか10cm角のキューブサットながら、自撮りのための伸展アームを内蔵、伸ばしたアームの先端に付いているカメラを使って、地球をバックに自撮りを行う。観光地でよく見かける、自撮り棒の先にスマートフォンを付けて撮影するスタイル、まさにそのままだ。

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    RSP-01のフライトモデル。1Uサイズのキューブサットだ (提供:rsp.)

衛星の頭脳と言える搭載コンピュータには、ArduinoとRaspberry Piを利用する。Arduinoは衛星バスの制御、Raspberry Piは撮影機能を担当。どちらも民生品だが、放射線テストを独自に行っており、1年程度は問題無く使える見込みだという。

撮影では、機械学習も利用する予定。通信はアマチュア無線を使うため、帯域が狭い。なるべく良く撮れた画像だけを送るようにしたいので、衛星側で"映える"写真かどうか判断させようというわけだ。

RSP-01の大きな特徴と言えるのは、デザインも重視していることだろう。普通、衛星では見栄えなど全く考慮しない。結果的にカッコ良くなることはあるにしても、機能、コスト、信頼性など全てが理詰めで決定されており、無駄な要素が入り込む余地はない。宇宙では誰も周りに見てくれる人がいないのだから、ある意味当たり前ではある。

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    例外的とも言えるのは、多摩美術大学・東京大学のアートサット「Despatch」。こんな斬新な形状だった (提供:JAXA)

ところがRSP-01では、そんな"常識"が通用しない。たとえば衛星のフチ部分に青いデザインワッシャを搭載するが、機能的には「特に意味は無い」(三井氏)という。またカメラ側の面には黒いカプトンを使っているが、これは熱設計としては必ずしもベストではなかった。ただデザイン側からの要望によって、黒くする必要があったとのこと。

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    これがデザインワッシャ。デザイン面でのアクセントカラーになっている

デザインに注力しているのは、自撮りで衛星本体が写るという理由もあるのだが、何よりも"趣味だから"という面が大きいだろう。この衛星の打ち上げは無償相乗りではなく、Space BDの有償サービスを利用している。自分達で資金を調達して楽しんでいるのだから、何でも好きにできる、rsp.にはそんな「自由さ」がある。

そんな趣味の"コダワリ"の1つが、アームを戻せる機能だろう。通常、こういった伸展アームは、宇宙空間で一度展開したら、そのままにするのが普通だ。戻そうとするとどうしても機構が複雑になり、失敗もしやすい。一応、戻す場合には放射線対策上のメリットはあるものの、なによりも「その方がカッコいいでしょう」と、三井氏は笑う。

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    マジックハンドのような機構にすることで、アームを戻すことが可能だ (提供:rsp.)

もう1つ、趣味らしいユニークな機能が、チャット機能だ。チャットボットを用意して、各コンポーネントがキャラクターとなるようなものを、Twitter上で公開する予定だという。たとえば"電源さん"に「調子はどう?」と聞くと、「現在の出力は○Wです」と答える、そんなのも面白いかもしれない。

rsp.の開発ロードマップ

ところで注目して欲しいのは、衛星のナンバーである。次に打ち上げるものが01、つまり初号機であって、前回の00は、零号機=試験機と位置付けられているのだ。

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    RSP-00のフライトモデル。残念ながら衛星からの電波は届かなかった (提供:rsp.)

衛星のプロジェクトとしては、もともと最初から自撮りを考えていたという。ただ、いきなりはハードルが高いだろうということで、通信機能の実証に焦点を絞ったRSP-00をまず開発した。rsp.には現役エンジニアも多いが、宇宙を本業にしている人は少ない。最初は衛星の作り方を学ぶために、各地の大学を訪問したそうだ。

趣味がベースとは言え、各業界のプロが集まっているだけあって、そういうロードマップはしっかりしている印象。いや、趣味だからこそ本気、ということかもしれない。"00"や"01"のように、数字が2桁という点にも、10機以上続けるぞという強い意気込みを感じる。

なお、次の「RSP-02」もすでに計画されており、今度は子衛星の放出に挑むという。衛星バスはRSP-01を踏襲し、アームと自撮りカメラの代わりに、サイコロサイズの子衛星を搭載する予定だ。

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    開発室には真空チャンバーまであった。"趣味"のレベルを超えているような……

1つ気になるのは、RSP-00で起きた問題点をしっかり把握して、01に反映できているかどうかだ。この点については、通信ができなかったこともあって、00に何が起きたのか、特定は難しい状態だという。ただ、開発が遅れた結果、「結合試験があまりできなかった」そうで、これによって問題点を見逃してしまった可能性はある。

だが、まず衛星1機を作り上げたという経験は、大きな成果だと言える。この経験は、RSP-01の開発に大きく活きるのは間違いない。RSP-01は、H-IIBロケット9号機/こうのとり9号機で打ち上げられる予定。現在、フライトモデルを製造しているところとのことで、今度はしっかり試験を行い、ミッションを成功させて欲しいところだ。

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    開発拠点の屋上にはアンテナが設置されていた。これで衛星の運用を行う予定だという

筆者はrsp.に大いに期待している。それは、宇宙が「当たり前の空間」になっていくときに、必ずこういうフェーズを通ると考えているからだ。たとえばコンピュータの歴史を見て欲しい。最初は弾道計算など特殊な用途でしか使われていなかったが、今ではゲームやSNSなど、多くの人がPCを楽しむために使っている。

今までの衛星は、計算機でいうとまだメインフレームの時代だったように思う。キューブサットというものが誕生したことで、"PC"のように使える箱はできた。あとは何に使うか、アプリケーション次第だ。キラーアプリを生み出すには、おそらくもっと多様な人材が必要で、何でも好き放題にチャレンジできる土壌が必要だろう。

RSP-01は現在、クラウドファンディングで開発費や打ち上げ費用を調達中。「プロジェクトに参加して手伝うのは難しいけど、資金面で応援したい」という人はWebサイトをチェックしてみて欲しい

参考:クラウドファンディングのWebサイト

rsp.の計画は幅広い。今回紹介した衛星だけでなく、ローバーやロケットを開発するチームまであるという。興味があれば、ぜひ参加してみると良いだろう。