ホームの新設

報道公開では、まずホーム階に案内された。工事現場と線路を仕切るため、線路側から(もちろん建築限界に支障しないように)鉄板を取り付けて、遮断する。今は電車の中から、その鉄板が見える形になっているはずだが、走行中かつ暗闇だから、見てもわからないだろう。

  • 建設中のホーム階で、建設現場と本線を仕切る鉄板にはこんな掲示が

その鉄板の向こう側では、ホームのためのスペースを掘り拡げて、躯体を構成するコンクリートを打設する。この作業は地上から開削工法で実施しているため、駅部の地上は鉄板で塞いだ状態になっている。その鉄板を外せば、地上から掘削現場にアクセスできる。

コンクリートでホーム部の躯体を構築するとともに、天井を支える柱を立てる。地下の狭い空間の中で、できるだけ広々した印象になるように、四角いコンクリート柱や壁を立てるのではなく、円筒形の鋼管柱を用いている。ただしお値段は高いので、利用者の目に触れるところでだけ使うそうだ。

  • A線ホームと、そこに建てられた鋼管柱。鋼管柱は事前に地上で製作したモノを運び込んで据え付けるので、現場で型枠を組んでコンクリートを打設するよりも効率が良い利点もある

  • ホーム階を構成する躯体の底の部分に、ホームを支える鋼材の柱を並べる

  • その柱の上に並べてホームを構成するのが、このコンクリート板

ホームを構築するだけでは、既存のトンネル躯体が邪魔になり、電車に乗り降りできない。そこで、既存線のトンネル躯体のうち、側壁の部分を切り取る作業も発生する。

まず、先端に刃物を付けた鋼管で丸い穴を開けてから、それを通す形でワイヤー状の刃物(ワイヤーソー)を入れる。それを使って、コンクリートを切断する仕組み。切断したコンクリートを運び出す作業は、夜間の営業列車が走っていない時間帯にしか行えない。使える時間は夜中の1~4時ぐらいしかないため、一晩で運び出せる量は限られてしまう。

また、単純に壁を取り除くとトンネル躯体の強度が下がるから、A線とB線の間に柱を増設して補強する作業も行われている。兵庫県南部地震のときに、柱が破壊されてトンネル崩落につながった重要な部位だ。

  • 元のトンネル躯体のうち、側壁部分を切り取った現場。ワイヤーソーを通すために開けた丸穴が点々と並んでいる様子がわかる

コンコース階の新設

その下では、さらにもう一層掘り下げてコンコース階を新設するための工事が行われていた。しかし、いきなり既存線の下に大きな穴を掘ったら、既存線の躯体を支えている土がなくなって、躯体が変状を起こしてしまう。そこで仮受(アンダーピニング)という作業が必要になる。

まず、既存線の両脇でコンコース階のレベルまで掘り下げる作業を行う。最終的に15m掘り下げるが、現時点では13mで、後でさらに2m掘り下げることになる。大変なのはその後だ。

地質の関係で、まず既存線の下の土に薬液を注入して固める作業が行われた。それから、既存線が変状を起こさないように十分な間隔を置いて、既存線の下を横断する小さなトンネル(トレンチ)を掘る。仮受は真下から支えなければならないから、どうしても既存線の下にトンネルを掘る必要がある。そこで変状防止のために、十分な間隔を置いてトンネルを掘る。

掘ったトンネルの底に基礎杭を打ち込んでから鉄骨を組んで、その上にジャッキを載せて既存線の躯体を支える。単に土の上に鉄骨を組んだら、既存線の重みでめり込んでしまうから、支えとなる杭を打つ必要がある。

こうして既存線を支える仮受ができたら、既存線の下にある、薬液注入で固めた土を少しずつ、掘って取り除いていく。掘削してできた空間にコンクリートを打設して、構造物を形作る。

  • 基礎杭の上に鉄骨を組んで、ジャッキで既存線のトンネル躯体を支えている仮受の様子。左側に見える岩のようなものは、薬液注入で固めた土。これをこの後で取り除いていく

今回の「虎ノ門ヒルズ」駅に限らず、すでに地下に構造物がある状態で、その下に何かを掘ろうとすれば、仮受は必須だ。既存の地下鉄の下を横切るように、新たな地下鉄を建設する場合には必ず発生する作業である。だから、地下鉄などのトンネルに対する仮受は珍しいものではない。しかし、既存線の下を平行して掘って、新たな空間を設ける工事は珍しいという。

荒々しさと緻密さ

工事現場というのは大抵そうだが、「荒々しさ」と「緻密さ」が共存している空間だと思う。土留板や鉄骨、打設したばかりのコンクリート躯体、据え付けたままの状態の鋼管柱、仮設の通路などが並ぶ現場は、いかにも荒々しい印象がある。

しかし、建物や構造物をきちんと作るには、精確さや緻密さが欠かせない。しかも、鉄板一枚だけを隔てた向こう側では毎日、日比谷線の営業列車が走っている。その列車の運行を妨げず、安全を阻害しないようにするために、前述した仮受を初めとして、既存線の変状をはじめとするさまざまな支障を防ぐための、緻密な作業が行われている。

いったんトンネルやホームや駅が完成して、そこを利用者として出入りしているだけだと、建設中の現場の状況は想像しがたい。来年から営業を始める虎ノ門ヒルズ駅に降り立つ機会があったら、「これができる前は、こんなことになっていたのか」と、この記事で紹介した話を思い起こしていただければ幸いだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。