三菱重工業(MHI)は2019年6月26日、飛島工場(愛知県飛島村)において、「H-IIB」ロケット8号機のコア機体を報道公開した。機体はこのあと鹿児島県の種子島宇宙センターへ輸送し、組み立てを実施。打ち上げは数か月以内の予定で、宇宙ステーション補給機「こうのとり」8号機を載せ、国際宇宙ステーション(ISS)に補給物資を届ける。
日本最大のロケットとして華々しくデビューしたH-IIBロケットも、打ち上げは残すところ今回を含め2機となった。まさに光陰"ロケット"のごとし、さらに三菱重工では、この春よりH-IIA/H-IIBロケット打上執行責任者に田村篤俊氏が就任。そして次世代ロケット「H3」の開発や試験も行われるなど、人もロケットも世代交代が進んでいる。そのなかで、打ち上げ連続成功を続けるために必要なもの、こととは、いったい何なのだろうか。
H-IIBロケットとは?
H-IIBロケットは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工が共同開発した大型ロケットで、主に宇宙ステーション補給機「こうのとり(HTV)」のような、従来のH-IIAでは打ち上げられない大型の衛星の打ち上げに使われている。
機体の全長は56.6m、直径は5.2m、打ち上げ時の質量は531tと、H-IIAよりもひと回りほど大きくしたような姿をしている。両者の最も大きな違いは第1段で、H-IIAではメイン・エンジンの「LE-7A」を1基のみ装着しているが、H-IIBでは2基に増強。さらに、タンクの直径も4.0mから5.2mへと太くなり、全長も1m伸ばすことにより、推進剤の搭載量は約1.7倍になるなど、いかにも力持ちな外見となった。
打ち上げ能力も、ISSが回る軌道(高度約350~460km、軌道傾斜角51.6度)に約16.5tと、軌道などにもよるが、H-IIAと比べ約1.3倍から2倍の性能向上を果たしており、日本のロケットで最大、最強を誇る。
その一方で、固体ロケット・ブースター(SRB-3)や第2段機体、またバルブやアクチュエーターなどには、H-IIAの技術や部品が大きく活用されており、ただ見た目が似ているというだけでなく、開発期間やコストの低減にもつながっている。
H-IIBの開発は2003年から始まり、いまから10年前の2009年に1号機の打ち上げに成功。以来、7機すべてが連続成功している。また、2013年の4号機から打ち上げ業務が三菱重工に移管され、同社の打ち上げ輸送サービスとして運用される商業ロケット、つまり三菱重工の製品、商品となっている。
H-IIBロケット8号機
今回のH-IIBロケット8号機は、「こうのとり」8号機(HTV-8)を所定の軌道に投入することをミッションとしている。三菱重工の打ち上げ輸送サービスで5機目のH-IIBの打ち上げであり、また7号機からは約1年ぶりの打ち上げとなる。
打ち上げ計画、飛行経路などは、7号機などこれまでのミッションと基本的に同じ。打ち上げ後、ロケットは南東方向に飛びながら、SRB-Aやフェアリング、第1段機体を分離。打ち上げから約15分後に「こうのとり」8号機を分離する。
また、今回も第2段機体の制御落下を実施。「こうのとり」8号機の分離後、第2段が軌道を約1周してきたところで、地上から機体の健全性を確認し、問題がなければ許可コマンドを送信。それに受け、第2段は機体を反転させてエンジンを再着火し、逆噴射して速度を落として大気圏に再突入、機体を処分する。これを「制御落下」と呼び、ISSに近い軌道に、第2段をゴミとして残さないための処置として行われている。H-IIBでは2号機以降、制御落下を継続して行っており、全号機、計画した南太平洋上の水域への落下に成功している。
機体に関しても、細かい部分は変わっているものの、特段大きな変更はないという。
なお、H-IIB 7号機では、ロケットの第2段液体酸素タンクにある「ベント・リリーフ・バルブ」に異常が見つかり、交換、再試験のため打ち上げが一度延期となった。このバルブは、タンクに圧力が加わりすぎないようにガスを逃がして調節するためのもので、7号機では内部にある部品がわずかに変形していたことで、規定よりも低い圧力で動作してしまったとされる。
これを受け、その後のH-IIA/H-IIBロケットでは、バルブの作動圧力を確認する試験をするとともに、異常の原因だったバルブ内部の変形がないかどうかを確認するため、X線検査を追加で実施。トラブルが起きないことを確認したバルブを搭載するようにしたという。
8号機のコア機体(第1段、第2段機体と段間部の総称)は、すでに飛島工場において機能試験を終了し、機体公開時点で出荷準備が進んでいる状態にあった。このあと、6月29日に飛島工場より出荷し、7月1日に種子島宇宙センターに搬入。打ち上げに向けた組み立て作業が始まることになっている。
なお、IHIエアロスペースが製造を手がけている固体ロケット・ブースター(SRB-A)はすでに宇宙センターに搬入済み、川崎重工が製造する衛星フェアリングも種子島へ向けて輸送中だという。
打ち上げ時期や予備期間は関係各所と調整中で、機体公開が行われた6月26日の時点ではまだ決まっていない。
宇宙活動法施行後初の打ち上げ、「ロケット再突入データ取得システム」も搭載
飛行計画や機体などに大きな変化はない一方で、逆に大きな変化といえそうなのは、今回が宇宙活動法施行後、初のH-IIBの打ち上げとなることである。
宇宙活動法というのは、「人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律」の通称で、2018年11月15日に施行された。ロケットの打ち上げへの許可制度や、ロケット打ち上げ時の事故などに対する第三者損害賠償制度の導入を特徴としている。よく「ベンチャーなどがロケットや衛星の打ち上げ事業に参入しやすくなった」と説明されることが多く、実際にそういう目的もあるが、既存の打ち上げ事業者である三菱重工にとっても影響がある。
機体公開にあたって説明に立った、三菱重工の田村篤俊(たむら・あつとし)H-IIA/H-IIBロケット打上執行責任者(防衛・宇宙セグメント 宇宙事業部 副事業部長)は「宇宙活動法ができたことで、『打ち上げ許可申請』を出す必要が生じたのが最も大きな変化です。いままではJAXAさんが打ち上げ実施者として文部科学省に申請を出していましたが、これからは宇宙活動法の下、三菱重工が打ち上げ実施者として、自ら内閣府に申請することになりました。その手続きなどがいちばんの大きな変化と言えるでしょう」と語った。
ただ、「もっとも、打ち上げサービスやロケットの組み立て作業、打ち上げ準備作業、打ち上げ後の評価作業などが変わることはありません」とのことだった。
さらに、H-IIB 7号機で行われた、JAXAによる「ロケット再突入データ取得システム」の実験が、今号機でも実施される。
これは、制御落下するロケットの第2段機体がどのような環境にさらされるのか、どのように溶けて壊れていくのかといったことを調べるのを目的としたもので、鈍頭形状をした小さな再突入モジュール(カプセル)を第2段機体に搭載し、制御落下する機体とともに大気圏に再突入させる。再突入モジュールには温度センサー、歪みセンサーなどを搭載しており、機体表面や内部にかかる圧力、温度などを測る。実験の終盤では、カプセルは破壊されていく第2段から自然に分離。単独で飛行(落下)を続け、その後パラシュートを開いて降下し、海に着水。回収はせず、イリジウム衛星携帯電話を通じてデータを送信したのち、水没する。
JAXAによると、H-IIB 7号機の実験では、第2段の飛行中の温度や姿勢データなどの取得に成功。現在もなお、計測結果を評価・分析中している段階だという。また今回の8号機では、再現性の確認を行うことを目的に、7号機のものと同じ装置を搭載するとしている。
JAXAでは、これらの研究データを蓄積し、飛行中の機体の状態を正確に把握することにより、スペース・デブリ(宇宙ゴミ)を発生させないようなロケットなど、将来の輸送システム開発などに活用するとしている。