日本IBMは5月16日、都内で「MIT-IBM Watson AI Lab」について記者会見を開催した。会見には米IBM Research Directorのダリオ・ギル氏や、マサチューセッツ工科大学(MIT) Electrical Engineering and Computer Science Professor / MIT-IBM Watson AI Lab Directorのアントニオ・トラルバ氏らが出席した。

“狭いAI”から“広いAI”へのシフト

MIT-IBM Watson AIラボは、米IBMが2017年にMITと共同で設立し、10年間にわたり総額2億4000万ドルの投資を計画しており、AIに関する長期的な産学連携の取り組み。AIの潜在能力を引き出す科学的ブレクスルーの促進を目指し、米マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を設け、IBMとMITとの教員・学生を含め100人の研究者を抱えている。ギル氏は「IBMの歴史の中でも過去最大の取り組みだ」と述べている。

  • 米IBM Research Directorのダリオ・ギル氏

    米IBM Research Directorのダリオ・ギル氏

同氏によると、AIは2050年に汎用的なAIが登場すると予測されているが、現在は深層学習やニューラルネットワークをはじめとした実証済みの“Narrow AI(狭いAI)”が主流となっているという。そのような状況を踏まえ、ギル氏は「今後、登場するのは“Broad AI(広いAI)”であり、これは多様なタスクやドメインに対応できるシステム、少量データでの学習を可能とし、そして信頼や説明能力を持つAIだ。狭いAIから広いAIへのシフトがラボの中心的なテーマだ」と説明する。

  • 2050年には汎用的なAIが予測されているが、まずは狭いAIから広いAIへのシフトだという

    2050年には汎用的なAIが予測されているが、まずは狭いAIから広いAIへのシフトだという

現在、Broad AIの実現に向けて、186の提案、49のプロジェクト、23の学部がかかわっている。同氏は「AIは幅広い分野に適用可能なテクノロジーだ。あらゆる学問・業種に影響を与えることから、信頼性を担保し、影響を見つつ開発する必要がある。ニューロシンボリックシステムにより、学習と推論を組み合わせて単なる深層学習よりも高みを目指す」と、語気を強める。

  • 左から狭いAI、広いAI、汎用AIの各概要

    左から狭いAI、広いAI、汎用AIの各概要

産学連携の重要性と広いAIの実現に向けた5つのポイント

MITの視点としてトラルバ氏は「IBMとの連携は重要だ。われわれのインスピレーションの源泉は人間の脳であり、学びのプロセスをAIで実現しようと試みている。現在の機械学習は、少ないデータと時間で多くを学べる脳と比較すると程遠い。例えば、赤ちゃんに読み聞かせをした場合、赤ちゃんは絵本見ながら言語も把握しようとしており、複雑な環境で学んでいる」と話す。

  • マサチューセッツ工科大学(MIT) Electrical Engineering and Computer Science Professor / MIT-IBM Watson AI Lab Directorのアントニオ・トラルバ氏

    マサチューセッツ工科大学(MIT) Electrical Engineering and Computer Science Professor / MIT-IBM Watson AI Lab Directorのアントニオ・トラルバ氏

MITにおいて、コンピューターサイエンスとAIの受講生は2000年~2006年までは横ばいだったものの、2010年を境とした機械学習の大きな変化により飛躍的に増加し、学生間では年々コンピュータサイエンスとAIへの関心は高まっているという。

  • MITの学生間でもコンピュータサイエンスとAIへの関心は高まっているという

    MITの学生間でもコンピュータサイエンスとAIへの関心は高まっているという

同氏は「コンピュータの能力やアルゴリズムが向上し、脳の動きとニュラールネットワークへの理解が深くなっており、新たなアルゴリズムの構築が可能になっていることから、このタイミングでIBMと連携している」と、産学連携の意義を強調した。

では、具体的に広いAIとはどのようなものなのか。この点についてはIBM Research / MIT-IBM AI Lab IBM Directorのデビット・コックス氏が説明した。

まず、コックス氏は「狭いAIはインパクトはあるが、限定的となっている。広いAIの先にある汎用的なAIはSFの世界であり、話としては面白いものの、これから有望で進展があるのは広いAIだ。複数のタスク・領域でマルチモーダル型であり、多様な画像や音声、構造化・非構造化データ、自然言語などを含み、クラウド、センサ、モバイルなど分散環境で分析し、業界を問わずAIの変革はビジネスにも寄与する」と、述べた。

  • IBM Research / MIT-IBM AI Lab IBM Directorのデビット・コックス氏

    IBM Research / MIT-IBM AI Lab IBM Directorのデビット・コックス氏

そして、同氏は広いAIの実現に向けて「説明性」「セキュリティ」「倫理」「少量のデータからの学習」「インフラストラクチャ」の5つが必要だと説明する。

  • 広いAIの実現に向けた5つのポイントの概要

    広いAIの実現に向けた5つのポイントの概要

説明性ではブラックボックスになるのではなく、意思決定理由の確固たる説明が必要であり、データの“相関関係”に加えて、”因果関係”も必要となる。セキュリティに関しては、人が構築したシステムはハッキングされる可能性もあり、AIが信頼されるためにはセキュリティを担保する形で堅牢性を持ち、安心して使われるべきだという。

倫理については、AIに望ましくないバイアスがかからないように倫理的な視点を持つAIからのデータが不可欠となる。少量のデータからの学習では、例えば社会問題で多くのデータがある場合や少ないデータの場合もあることから、データ量が少なくても正しい結果を導き出せるものが必要だとしている。

インフラに関しては、どのようにAIシステムが効率的に拡張性を備えられるのかは、省電力のシステムや量子AIなどの開発が必須となるほか、AIのライフサイクルに対して堅牢なプラットフォームが望ましく、エンタープライズに提供すべきだという。