東京大学(東大)は1月1日、数層のナノファイバーで構成されるナノメッシュ構造を電極に応用することで、細胞とほぼ同様な柔らかさを持つセンサの開発に成功。ヒトiPS由来の心筋細胞シートにじかに接触させ、拍動を阻害せずに表面電位を長時間安定して計測できることを確認したと発表した。

同成果は、同大大学院工学系研究科の染谷隆夫 教授(理化学研究所 開拓研究本部染谷薄膜素子研究室 主任研究員、同研究所創発物性科学研究センター創発ソフトシステム研究チームチームリーダー)、同 李成薫 博士(特任研究員)、東京女子医科大学 先端生命医科学研究所の清水達也 所長らによるもの。詳細は、英国科学誌「Nature Nanotechnology」(オンライン版)で公開された

新薬の研究においては、動物試験などを経た後に、ヒトへの試験の段階になって、不整脈をはじめとする心臓への副作用を引き起こす可能性が見つかり、実用化に至らないことも多く、この解決策の模索が世界中で進められてきた。その解決作の1つとして、iPS細胞などの幹細胞を活用して培養された心筋シートを使って、薬物反応をヒトが活きた状態で摂取するのと近い状態で試験を行なうことで、より適切な評価を可能にしようという動きが日本でも進められてきた。

今回の研究は、そうしたヒトiPS細胞由来の心筋細胞シートの動きを阻害せずに、表面電位をダイレクトに計測することを目的に進められたもの。これまでは、心筋シートをシャーレの中に固定して測定を行なっていたため、本来の動きとは異なっており、そこで得られたデータが本当に体内での拍動と同じと考えてよいのか、といったことに疑問が残るなど、課題があった。

  • ナノメッシュセンサ
  • ナノメッシュセンサ
  • 従来手法と今回開発された手法の違い。フィブリンゲルという柔らかいゲルの上に心筋シートを、さらにその上にナノメッシュセンサを載せるだけなので、心筋の拍動をより現実に近いものとして計測することが出来るようになった (資料提供:東大/染谷隆夫 教授)

実現した手法としては、染谷教授が研究を続けてきたナノメッシュセンサ技術と、東京女子医科大学が進めてきた細胞シート技術の1つである多層化心筋シート組織作製技術を組み合わせるというもの。以前の染谷教授の研究では、ナノメッシュセンサはポリビニルアルコール(PVA)のフィルム上にナノメッシュ構造の繊維状ファイバー(ナノファイバー)を作成していたが、PVAが溶け、金配線のみの状態では、心筋シートの拍動で壊れてしまうことがわかったことから、今回、新たにエレクトロスピニング法を用いて作られたポリウレタンを基材としたナノメッシュ基板をベースに、その上にCVDでナノメッシュ配線を形成。さらに金を(ポリウレタンの上に形成したパリレンに)蒸着を行なうことで、ナノメッシュプローブと形成。多層構造とすることで、壊れにくいナノメッシュセンサを実現したという。

  • ナノメッシュセンサ
  • ナノメッシュセンサ
  • 今回開発されたナノメッシュセンサの構造 (資料提供:東大/染谷隆夫 教授)

  • ナノメッシュ基板

    ナノメッシュ基板。向こうが透けて見えるほとの薄さとポーラス(空隙)な構造をしている。ピンセットを持つ人物が染谷教授

  • alt属性はこちら
  • alt属性はこちら
  • ナノメッシュセンサ。金配線が薄くなっている側がセンサの先端部となる

また、研究ではパリレンの厚みが増すと、心筋細胞の動きを阻害してしまうことも判明。ポリウレタン基板700nm、パリレン層200nm、その上に金めっきプローブ、という約1μm(1000nm)程度が最適な厚みであるという結論を導き出したとする。

  • 心筋シートの素材別の伸縮具合の評価

    心筋シートの素材別の伸縮具合の評価。パリレンが厚くなっていくと、最大伸縮率が下がっていくことがわかる (資料提供:東大/染谷隆夫 教授)

心筋シートの大きさは1cm角ほどで、そこでは2mNほどの力が発生。最適な厚みを計算して作成されたナノメッシュセンサは、5%伸長するのに0.2mNの力が必要であるとのことで、心筋シートの拍動にも十分追従できるものとなったという。また、伸長率20%で1000回の伸縮をしても、抵抗変化は5%以下と、耐久性も十分で、実際に4日間連続して心筋シートの表面電位を測定することができることを確認したとする(創薬向け研究として4日間あれば妥当という判断で、実際はそれ以上の期間にも耐えうるという)。

  • 心筋シートの長期計測試験結果

    心筋シートに4日間付けた状態でも問題なく計測できることが確認された (資料提供:東大/染谷隆夫 教授)

また、ナノメッシュというように、構造がメッシュ状のため、その隙間から液体が下に流れていくことができるため、上から滴下される薬液などを妨げることがないことも確認。染谷教授は「今回、前回の発表から材料や層の構成を若干変えて、心筋細胞シートの評価に適用を図ってみたが、従来からの柔らかく、かつ通気性や透過性があるといった特徴は変わらないことが確認できた。これにより、心筋細胞シートの拍動を阻害せずに、薬剤を投与してその反応を評価する、といった新たな用途を開拓することができた」と説明する。

  • 薬剤投与前後の比較

    ナノメッシュセンサの上から、心臓の拍動を早くする薬剤であるイソプロテレノールを投与した際の変化の様子。 拍動数が変化した様子が見て取れる (資料提供:東大/染谷隆夫 教授)

今後だが、創薬研究側の清水教授は、「iPS細胞を利用して、いろいろと出来るようになってきたこともあり、製薬メーカーも興味を活用に対して興味を示すようになってきており、今回の技術はそうした分野に向けて有用なものになる」とするほか、「心筋細胞・組織の成熟度を定量的に評価する手法などに活用が期待できるようになる」との見方を示す一方、より幅広い層に活用してもらうためには、「非常に薄く、柔らかいため、ハンドリングに慣れていないと、取り扱いが難しいため、より簡便な使用方法を確立する必要がある」(染谷教授)という利便性の向上を図る必要があるとする。また、現在の空間分解能は数mm程度であるため、さらなる高分解能化を実現したいともしており、印刷法による配線パターンの微細化や、配線の低抵抗化に向けた研究も行っていくとしている。

  • a心筋シート研究の方向性

    心筋シート研究の今後の方向性 (資料提供:東大/染谷隆夫 教授)