DAREの「ストラトスIII」ロケットの挑戦

  • DAREが開発したストラトスIII

    DAREが開発したストラトスIII (C) DARE

そしてオランダにある、デルフト工科大学の学生団体「デルフト・エアロスペース・ロケット・エンジニアリング」(DARE)は、このHyEnDの記録を塗り替えるべく、さらに大型の「ストラトスIII」(Stratos III)というハイブリッド・ロケットを開発した。

DAREは2001年に設立された団体で、現在のメンバーは120人ほど。これまでもさまざまなロケットを開発、打ち上げており、前述のHyEnDが高度32.3kmに到達して記録を塗り替えるまでは、DAREがそのタイトル・ホルダーだった。

ストラトスIIIは全長8.2m、直径28cm。燃料にはソルビトールとパラフィン、アルミニウムを、酸化剤には亜酸化窒素を使い、平均で15kNの推力を叩き出す、強力なロケット・モーター「DHX-400」を搭載する。これはHyEnDのHEROS 3のモーターの1.5倍、一般的な学生のハイブリッド・ロケットと比較すると10倍以上のハイパワーを誇る。

また、ノズルなどの製造には3Dプリンターを使い、酸化剤タンクはアルミとカーボンの複合材を使用。もはや学生ロケットの範疇を超え、扱いやすさ、造りやすさをやや犠牲にしてでも高性能化を狙った、まさに新記録を打ち立てるためのレコード・ブレイカーである。

  • ストラトスIIIに搭載される平均推力15kNのハイブリッド・ロケット・モーター

    ストラトスIIIに搭載される平均推力15kNのハイブリッド・ロケット・モーター (C) DARE

DAREは、今回のストラトスIIIの打ち上げにおける到達高度を60~80kmと見積もっていた。100kmには届かないものの、HyEnDのもつ記録を大きく塗り替えるとともに、将来の100kmへの挑戦に向けた大きな一歩になることが期待された。

ストラトスIIIは何度かのトラブルや延期を経て、2018年7月26日10時30分(日本時間)に発射台から飛び立った。しかし打ち上げから約20秒後、高度約11kmをマッハ約3で飛行している際に、突如として機体が分解し、打ち上げは失敗に終わった。

ハイブリッド・ロケットは安全性が高いとはいえ、音速を超えて飛行中に機体が分解したり、あるいは酸化剤を押し出すための高圧のタンクが破裂したりすれば、爆発に見えるような分解を起こすことは起こりうる。

8月1日現在、DAREは事故原因を調査中としており、結果が出るまでにはおそらく数週間かかるとしている。

残念な結果に終わったものの、事故調査と再挑戦に向けた意欲は高い。

打ち上げが失敗した直後に、DAREはWebサイトを通じて次のように語っている。

「私たちは"ロケット・サイエンス"という、予測不可能かつ、非常に難しい分野に挑んでいます。私たちはこれまで成功もしましたが、失敗も経験してきました。私たちは失敗から学び、そして作業を続けています。つまりすべての後退は、前進でもあるのです。今回は目標に達することができませんでしたが、すぐに立ち戻り、必ずや次の改良型のストラトスを開発します」。

「残念な結果には終わりましたが、私たちはこの功績を誇りに思っています」。

  • ストラトスIIIの打ち上げ。残念ながらこの約20秒後、機体は空中分解し、打ち上げは失敗に終わった

    ストラトスIIIの打ち上げ。残念ながらこの約20秒後、機体は空中分解し、打ち上げは失敗に終わった (C) DARE

世界各国で進む新しいハイブリッド・ロケットの開発

そして宇宙機関や企業では、さらに大型かつ強力なハイブリッド・ロケットの開発も進んでいる。

たとえば欧州宇宙機関(ESA)とノルウェーの企業ナーモ(Nammo)は、2018年7月に、推力30kN(海面上)のハイブリッド・ロケット・モーターの燃焼試験に成功。このモーターはゴム状の燃料(詳細は不明)と、過酸化水素を酸化剤に使用する。

これだけの性能があれば高度100kmに到達するのに十分で、ナーモでは2018年9月、このモーターを搭載した「ニュークリアス」(Nucleus)というロケットを打ち上げることを計画している。

もし打ち上げが成功すれば、ハイブリッド・ロケットだけを使った初の宇宙到達となり、そしてノルウェーにとって初の宇宙ロケットになる。さらに小型衛星を打ち上げられるロケットへの発展構想もある。

  • ESAとナーモが開発したハイブリッド・ロケット・モーター

    ESAとナーモが開発したハイブリッド・ロケット・モーター (C) Nammo AS/ESA

また、オーストラリアや英国などのベンチャー企業も、ハイブリッド・ロケットを使い、小型衛星を打ち上げる計画を発表している。ちなみに前述したハイブリッド・ロケットはある程度以上の大型化や大推力化が難しいという点から、こうした企業はいずれも、推力数十kN級のハイブリッド・ロケットを複数束ねることを考えている。

小型衛星打ち上げロケットといえば、日本のインターステラテクノロジズ(IST)のように、液体ロケットによる開発を行っているところが多いが、ハイブリッド・ロケットもまたひとつのトレンドになりつつある。

もうひとつ忘れてはならないのが、米国のヴァージン・ギャラクティックが開発している宇宙船「スペースシップツー」(SpaceShipTwo)である。スペースシップツーもまたハイブリッド・ロケットで飛ぶロケットで、搭載する「ロケットモーターツー」は推力270kNを叩き出す、世界最大のハイブリッド・ロケットである。スペースシップツーは有人機であるため、安全性の高さを重視してハイブリッド・ロケットが採用されている。

スペースシップツーはこれまで試験飛行の中で、すでに高度52kmまで到達。また先代にあたる「スペースシップワン」は2004年に高度100kmに到達している。

もっとも、スペースシップワンもツーも、高度15kmあたりまで飛行機で運ばれてから発射する空中発射型ロケットなので、これまで紹介してきた、地上からハイブリッド・ロケットのみで飛んでいくロケットとは、技術的、歴史的位置づけは、また別のくくりのものになろう。

  • ヴァージン・ギャラクティックが開発中の宇宙船「スペースシップツー」

    米国のヴァージン・ギャラクティックが開発中の宇宙船「スペースシップツー」も、ハイブリッド・ロケットで飛ぶ (C) Virgin Galactic/MarsScientific.com & Trumbull Studios

ハイブリッド・ロケットによる宇宙到達はまもなく実現

世界各国で進むハイブリッド・ロケットの大型化によって、もはや学生でも扱える安全な教材という殻を破り、ハイブリッド・ロケット単独での宇宙への到達、さらには衛星の打ち上げやそれによるビジネスも実現しようとしている。

本質的にハイブリッド・ロケットの性能が低いという点は残ったままだが、それでも液体、固体と並ぶ本格的なロケットのひとつになろうとしている。

いまはまだ、挑戦しているのは宇宙機関や企業、資金力も技術力もあるアマチュア・学生団体に限られるが、ひとたびハイブリッド・ロケットでも宇宙に行くことが可能だと実証されれば、さまざまな団体――もちろん日本の学生ロケット団体も――挑戦し始めることになろう。

もっとも、実際に宇宙に打ち上げるとなると、技術面はもちろん、法制面などでさまざまなハードルがある。とくに安全面は、いくらハイブリッド・ロケットが比較的安全性が高いとはいえ、ちょっとしたことで事故は起こりうるし、モーターが大型化すればするほどその規模も大きくなる。現に2007年には、スペースシップツーのモーターの燃焼試験において、3人の技術者が死亡する大事故が発生している。

しかし、一歩一歩道を踏み固めるように、注意深く、しっかり開発や準備を進めれば、その先には宇宙に届く未来が待っている。それに挑戦しないのは"ロケッティア"ではないだろう。

  • ハイブリッド・ロケットによる宇宙到達はもはや夢ではなくなりつつある

    ハイブリッド・ロケットによる宇宙到達はもはや夢ではなくなりつつある (C) DARE

参考

Stratos III Launch Summary | DARE
Stratos III Failure | DARE
Technical Overview | DARE
HEROS Launches
Norway’s hybrid rocket motor sets new record / Space Transportation / Our Activities / ESA

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info