ミトコンドリアを活性化する有機酸と保護するビタミンC

私たちの研究テーマは、ミトコンドリアを活性化させる有機酸やミトコンドリアを保護するビタミンCの細胞レベルでの機能を解き明かすことです。細胞は、細胞質とミトコンドリアという2つの場所でエネルギーを作っています。細胞質でのエネルギー代謝経路は、主にブドウ糖を分解して体内で使いやすいエネルギー源に作りかえていく「解糖系」と呼ばれるもの。ところがこのルートは代謝効率があまりよくありません。ブドウ糖の一部が分解の途中で乳酸に変化し、完全に酸化されないからです。

それに対してミトコンドリアのエネルギー代謝はとても効率がいいのです。ミトコンドリアのエネルギー代謝が悪化すると、細胞を死に誘導する因子が放出されます。ミトコンドリアは人間の体内で細胞の生死を司るという決定的な役割を持っているのです。ですからミトコンドリアが活発に働く状態であれば、細胞も活き活きとして、アンチエイジング効果が見込まれるというわけです。

ミトコンドリアの機能が不全になれば、たちまちミトコンドリアから細胞に死を誘導する因子が放出されることがわかっています。したがって食物に含まれる成分のうち、解糖系を使わずにミトコンドリアを直接活性化する化合物は、アンチエイジングに大きな効果をもたらすと思われます。そこで私たちは、ミトコンドリアに直接取り込まれ、これを活性化する食品成分を探索しています。

ミトコンドリアは、細胞の生存と死を決定する重要な役割を果たすとともに、活性酸素(ROS)の影響を最も受けやすい細胞内器官です。ミトコンドリアを活性化させるものとして有機酸、またミトコンドリアを保護するものとしてビタミンCが重要です。したがって我々の研究室では、有機酸とビタミンCに焦点を当てて研究を行っています。有機酸とビタミンCは多くの食品に含まれており、日々の食事で摂取が可能です。

2017年度は有機酸の細胞保護作用に焦点を当てました[1]。有機酸のうち「ピルビン酸」、「オギザロ酢酸」および「α-ケトグルタル酸」だけが酸化ストレスに対して耐性であり、そのすべてが「α-ケト酸」の構造を持つものであることが分かりました。

これら3つの有機酸は細胞の中でもmMオーダーで存在するとされ、ミトコンドリアにおいてエネルギー代謝の基質であるとともに、ミトコンドリアの電子伝達鎖から発生する過酸化水素を消去することによって、ミトコンドリアを活性化する作用と保護する作用の両方を持ち合わせます。

  • 有機酸の効能

    有機酸がもたらすさまざまな作用

高濃度ビタミンCによるがん転移の抑制メカニズムに新発見

ビタミンCは、高濃度で投与することで、がん治療に効果があることが近年報告されており、副作用のない治療法として注目されています[2]

ビタミンCの生理作用は、還元型ビタミンCと酸化型ビタミンCの合算の効果であると考えられ、作用がどちらに由来するのかを明らかにする目的で、今回、実験を行いました。

  • 実験の様子

    活性酸素の経時的変化を解析するためにマルチ検出モードマイクロプレートリーダー「TECAN SPARK10」を活用

化学的には還元型が細胞を保護する実体であり、酸化型は生理作用がないものと考えられてきました。しかし実際に調べてみると、酸化型は有意な保護作用がありましたが、還元型には有意な保護作用はありませんでした[2]

  • 実験の様子
  • 実験の様子
  • ビタミンCがもたらす生理作用の解明実験の様子

さらに、還元型は基質に定着のないがん細胞に対して強い選択毒性があったのに対して、酸化型にはこのような選択毒性はほとんどありませんでした。すなわちビタミンCは2つの顔をもつ分子であることがわかりました。

還元型では細胞を殺し、酸化型では細胞を守る。ビタミンCはがん細胞や寿命の尽きた古い細胞などを除去し、生まれたばかりの新しい細胞は守るという大変に人にとって好都合な生理作用を持つ分子であるということです。

このような性質は他の抗酸化剤にはなく、ビタミンC独自のものです。今後は酸化型ビタミンCが細胞を保護するメカニズムを明らかにしていきたいと思っています。

  • ビタミンCの型による作用の違い

    還元型と酸化型のビタミンCの作用の違い

参考文献

[1] Sawa K, Uematsu T, Korenaga Y, Hirasawa R, Kikuchi M, Murata K, Zhang J, Gai X, Sakamoto K, Koyama T and Satoh T. Krebs Cycle Intermediates Protective against Oxidative Stress by Modulating the Level of Reactive Oxygen Species in Neuronal HT22 Cells. Mondal D, ed. Antioxidants. 2017; 6(1):21.
[2] Satoh A, Kojima N, Iguchi T, Hamada K, Hasuike D, Kawai H, Kobyashi R, Zhang J, Gai X, and Satoh T. Protective Effects by dehydroascorbic acid through an anti-oxidative pathway and toxic effects by ascorbic acid through a hydrogen peroxide-dependent pathway in tumor cell lines. ROS in press.

著者プロフィール

佐藤拓己(さとう・たくみ)
東京工科大学 教授

所属:応用生物学部 応用生物学科 大学院 バイオニクス専攻
専門分野はアンチエイジングフード、神経科学、ケミカルバイオロジー