コーネル大学の研究チームは、電子顕微鏡の分解能の世界記録更新となる0.39Å(オングストローム)を実現したと発表した。同技術で硫化モリブデン(MoS2)の二次元薄膜を撮像し、原子配列の鮮明な画像を得られることを示した。研究成果は科学誌「Nature」に掲載された。

  • 硫化モリブデンの二次元薄膜

    分解能0.39Åの電子顕微鏡で撮像した硫化モリブデン(MoS2)の二次元薄膜 (出所:コーネル大学)

電子顕微鏡の画像は、レンズの収差の影響でぼやけたり歪んだりするという問題をもっている。収差の影響を取り除くために特殊な収差補正レンズが使われるが、収差の種類は複数あるためすべての収差の影響を取り除くには多数の補正レンズを組み合わせなければならなくなり現実的でない。

研究チームは、先行研究として、収差補正レンズを使わずに超高分解能の電子顕微鏡像が得られる「電子顕微鏡ピクセルアレイ検出器(EMPAD:electron microscope pixel array detector)」という技術を開発していた。今回このEMPADと電子タイコグラフィの手法を利用して、電子顕微鏡の分解能の記録更新を達成したとする。

EMPADは2017年に同チームが発表した技術で、150μm角のピクセルセンサを128個×128個といったサイズで配列した検出器を用いる。電子顕微鏡から出た電子が試料に当たって戻ってくるときの個々の電子の着地点と散乱角をセンサで測定し、このデータから試料の原子構造に関する情報を得る。電子タイコグラフィは試料に当たって散乱した電子の散乱波強度分布から逆変換によって画像を再構築する計算手法であり、検出器によって測定した散乱電子の位置と運動量分布データから高分解能の電子顕微鏡画像を生成することができるという。

通常、電子顕微鏡の分解能は対物レンズの開口数(NA:numerical aperture)に依存して決まる。NAは、レンズのF値の逆数をとった値であり、F値が小さいレンズほどレンズを通る光量が多く分解能を高くすることができる。高性能カメラで使われているレンズのF値は2未満といった値であるが、電子顕微鏡の対物レンズのF値は100程度と高い。収差補正レンズを使うことでF値を40程度まで下げることができるが、十分なF値とはいえない。電子タイコグラフィは対物レンズを必要としない撮像手法なので、F値による制約を受けずに高分解能を実現できるとされる。

これまで報告されていた電子顕微鏡の最高分解能は、収差補正レンズを使って、300keV(キロ電子ボルト)という高い電子ビームを当てることでオングストーム未満の分解能を得るというものであった。今回の研究では、80keVという低エネルギーの電子線で0.39Åの高分解能を実現したとしている。電子ビームのエネルギーを低くすることは、試料に与えるダメージを小さくできるという利点がある。

研究チームは、この電子顕微鏡を使って撮像したMoS2二次元薄膜の画像を公開した。2枚のMoS2膜が積層された状態で撮像されている。結合した原子同士の距離は1~2Å程度(1Å=0.1nm)あるので、個々の原子の配置まで明確にわかる画像となっている。2枚の膜が重なっているため、上層の原子と下層の原子の位置関係はぴったり重なった状態から原子間距離と同じ長さまでの幅があり、独特の模様になって表れている。