東京工業大学(東工大)は、同大の研究グループらが、希少元素を含まない窒化銅(Cu3N)を使って、p型とn型の両方で高い伝導キャリア移動度を示す半導体を開発したことを発表した。

この成果は、東工大科学技術創成研究院の細野秀雄教授(元素戦略研究センター長)、元素戦略研究センターの松崎功佑特任助教、科学技術創成研究院の大場史康教授、物質理工学院の原田航大学院生(博士後期課程1年)、元素戦略研究センターの熊谷悠特任准教授、笹瀬雅人特任准教授らと、物質・材料研究機構(NIMS)先端材料解析研究拠点の木本浩司副拠点長、越谷翔悟NIMSポスドク研究員、上田茂典主任研究員らとの共同研究によるもので、ドイツの科学誌「アドバンスト・マテリアルズ(Advanced Materials)」に速報としてオンライン版に6月19日付で公開された。

NH<sub>3</sub>/O<sub>2</sub>ガスを使った銅の直接窒化法とその反応原理(出所:東工大ニュースリリース※PDF)

NH3/O2ガスを使った銅の直接窒化法とその反応原理(出所:東工大ニュースリリース※PDF)

窒化銅は、ありふれた元素のみで構成される間接遷移型半導体であり、高い光吸収係数をもつことから、新たな薄膜太陽電池材料として注目されている。しかし、高品質な結晶の作製が難しく、半導体としての特性は明らかになっていなかった。

今回、研究グループは、薄膜を安価・大面積に形成できる窒化物合成法の考案と理論計算を用いたキャリアドーピングの設計、原子分解能の電子顕微鏡での観察、放射光による電子状態解析により、高性能なp型およびn型伝導性の窒化銅半導体の開発に成功した。

窒化物合成の代表的な窒素源である窒素(N2)やアンモニア(NH3)は、銅(Cu)と直接反応せず、高品質な窒化銅の結晶育成は困難である。そこで、銅金属の触媒機能に着目し、アンモニア分子の酸化反応により得られる、反応性の高い活性窒素種(NHやNH2など)を窒素源とした銅の直接窒化反応を考案。この反応に基づき、アンモニアと酸化性ガスである酸素(O2)の混合気体を使い、アンモニアを選択的に脱水素化(酸化)できる条件で生成される活性窒素種によって銅から窒化銅を直接合成した。合成可能な温度範囲は200〜800°Cと広く、従来のプラズマ窒化法の上限温度200°Cより高温で反応させることができる。

この直接窒化法により、従来困難であった高品質な窒化銅薄膜の作製が可能となる。得られた純粋な窒化銅薄膜はn型半導体であり、この結果は第一原理計算による予測と一致した。電子濃度は1015〜1016cm-3に抑制でき、電子移動度が180〜200cm2/Vsまで向上し、高性能な半導体となった。

Cu<sub>3</sub>N:Fの原子マッピング(出所:東工大ニュースリリース※PDF)

Cu3N:Fの原子マッピング(出所:東工大ニュースリリース※PDF)

次に、p型半導体を作製するために、アクセプターとなり得るドーパントの候補を第一原理計算により探索し、格子の中心に大きな空隙を持つ窒化銅の特徴的な結晶構造に着目。ドーパントの候補をスクリーニングした結果、フッ素イオン(F)の挿入が有効であることがわかった。この理論予測を踏まえ、酸化性ガスである三フッ化窒素(NF3)を用いて直接窒化法によってフッ素を添加した窒化銅を作製した。

そして、電子線エネルギー損失分光を使った走査透過型電子顕微鏡で試料を直接観察したところ、フッ素が理論予測通りに格子中心の空隙に存在していた。また、硬X線光電子分光による電子状態解析とキャリア輸送特性の評価から、フッ素を添加した窒化銅はp型半導体であることが判明した。正孔濃度は1016〜1017cm-3であり、正孔移動度は50〜80cm2/Vsと代表的な窒化物半導体である窒化ガリウムより高い値である。

今回、新しい窒化物合成法の考案と理論計算によるドーピング設計、原子分解能電 子顕微鏡観察、放射光電子状態解析の密接な連携により、p型とn型の両方を作り込める高品質な窒化銅半導体を実現した。アンモニアと酸化性ガスを使ったこの合成法は、低コスト・大面積化に適していることから、窒化銅のpnホモ接合を使った安価な薄膜太陽電池への応用が期待できる。

  • 直接窒化法 で作製したp型、n型Cu3N薄膜の移動度とキャリア濃度(出所:東工大ニュースリリース※PDF)

    直接窒化法で作製したp型、n型Cu3N薄膜の移動度とキャリア濃度(出所:東工大ニュースリリース※PDF)