ちなみに、今年の「パシフィック・パートナーシップ」には、イギリス、日本、オーストラリアからも医療要員を送り込んでいる。最初の展開先はミクロネシアのヤップ島だった。

「パシフィック・パートナーシップ」とは、太平洋諸国を対象として、米軍だけでなく民間組織や関係各国と組んで実施している民生支援活動で、2006年にスタートした。そこで「マーシー」は、医療施設が整っていない国の住民を対象として診察や治療を行っている。

相手国の住民にしてみれば健康維持の助けになるし、米海軍にとっては病院船の有効活用とスタッフの経験蓄積につながる。また、大規模災害に備えた、円滑に救援活動を実施するための地ならしにつなげることができる。アメリカと同盟国が対象国との絆を深めるという政治的な意味合いも、当然ながらある。

しかしもちろん、大統領をはじめとする国家首脳、あるいは海軍に予算を付ける議会が、病院船の維持、あるいは「パシフィック・パートナーシップ」みたいな活動に意義を見出しているからこそ、こういうやり方が成立する。

いいかえれば、そうやって平素から有効活用できるだけのアテと支持がないと、常設の病院船を維持するための多額の資金を投入するわけにはいかない、ということでもある。日本で「病院船を導入してはどうか」という声があがりつつも、なかなか具現化しない原因は、おそらくはその辺にある。

特設病院船という選択肢

過去の歴史をひもといてみると、戦時に病院船が使われた事例はたくさんある。だが、大抵は特設病院船、つまり民間籍の客船か何かを徴用して病院船に仕立てたものである。横浜の山下公園に繋留されている「氷川丸」も、太平洋戦争中には特設病院船として使われていたフネだ。

  • 日本郵船所有の「氷川丸」

もし、日本で大規模災害に備えて病院船を整備するとなった場合、「マーシー」ほどのデカブツでなくても、常設の病院船を確保するのは難しいだろう。最初にハードウェアを用意する費用だけでなく、それを維持する費用や人材の確保という問題があるからだ。ハードウェアにしても、導入後のメンテナンスや入れ替えは不可避であり、それもまた費用がかかる。

むしろ、政府が海運会社や医療機関などと平素から協力合意を取り付けておいて、必要に応じて人手や機材をフェリーか何かに乗せて送り込むというほうが、現実的な解決策であろう。マーシー級にしても、普段の医療スタッフは最小限にとどめて、必要に応じて応援が乗り込んでくる体制になっている。

会社でも官公庁でも、あるいは個人レベルでも、「時々必要になるが、普段は要らない」という種類のものはある。それをいちいち自力で取得・維持していたら、身が持たない。

そこで、必要に応じて借りてくるとか、複数で共同して確保・維持するとか、平素は別の使い道を見つけるとかいった考え方が必要になってくる。病院船というアセットは、その極めつけとでもいえそうな大物なのだ。