東京工業大学(東工大)は2018年4月1日付で、半導体やMEMSセンサなどの研究で知られる益一哉 教授が学長に就任、新たな執行部を発足させた。また、2018年3月20日には文部科学省から指定国立大学法人の指定を受けるなど、新たな時代に向けたかじ取りを求められる同氏が4月5日に就任会見を開催。今後の東工大の在り方について抱負を語った。

  • 2018年4月1日付けで東工大の学長に就任した益一哉 教授

    2018年4月1日付けで東工大の学長に就任した益一哉 教授

これまでも同大は、三島良直 前学長の下、長期目標として、「世界最高の理工系総合大学」の実現を目指した「教育改革」、「研究改革」、「ガバナンス改革」の三位一体の改革を進めてきた。その流れは、益氏が学長になっても変わらず、むしろ指定国立大学法人の指定を受けた今後、その流れを強めて行きたいと同氏は語る。「東工大としては、学生視点と社会視点を重視していくことを基本に、社会に対し、新しい価値の提供を図っていく」と、社会のニーズに対して、理工系大学としてどのように答えていくか、ということを重視する一方、学生本位の教育体系の進化も目指すとする。すでにリベラルアーツ教育を2016年より導入しているが、リベラルアーツ教育で刺激を受ける学生が多く、自ら学ぶ姿勢も強まるなど、変化が起きてきているとのことで、今後は、産業界と連携した博士教育なども強化していく予定とする。

  • 東工大のビジョン

    「世界最高の理工系総合大学の実現」を目指す東工大のビジョン

また、研究分野としては、2016年に「科学技術創成研究院(IIR)」を設立し、大学として、こういった分野に注力していくという姿勢を見せてきたが、今後は、その中身の強化も図っていくとする。特に「新・元素戦略」、「統合エネルギー科学」、「ディジタル社会デバイス・システム」の3つは重点分野として設定されており、何らかの組織化といったものも含めて強化を図っていくとするほか、すでに設置済みの「研究・産学連携本部」を社会との窓口として、研究成果の社会課題の解決へとつなげる取り組みなども行っていくとのことで、益氏は「社会との連携を図ることで、革新的な研究成果の創出を目指す」とする。

  • 東工大の未来に向けた枠組み

    単に研究をするのではなく、社会との対話をすることで、科学技術の新たな可能性につなげていくことを目指している

さらに、指定国立大学法人の指定を受ける際に掲げた「科学技術のファシリティータになる」という目標の実現には未来社会を描く必要があるということから、新たに「未来社会DESIGN機構」を設置。国内外の情報を収集し、さまざまな事象に対し、科学技術がどのように貢献できるのか、未解決の問題はどのようなものであるのか、といった社会・産業界の課題に応えることで、豊かな未来社会の実現に寄与することを目指すとする。「情報を発信しようとすれば、研究者や技術者だけではなく、例えば技術が分かり、かつより多くの人に理解してもらえる文章が書けるサイエンスライターのような存在が必要になったりと、より多くの分野の人の力が必要となる。それだけ、東工大としては本気になって、社会に発信していきたいと思っている」と、同氏は、外部に向けた情報発信に対する本気度を示す。

  • 新たに「未来社会DESIGN機構」を設置

    指定国立大学法人としての構想。その中心となるのが科学技術のファシリテータとしての役割を担う「未来社会DESIGN機構」の存在となる

こうしたことを実現していくためには、財務基盤の強化が重要となってくる。国立大学であるため、国からの運営交付金は存在するが、それだけに頼れないのは、どこの大学も似たようなもので、東工大でも、経営強化なしに、こうした改革の実現はなしえない、という観点から、資産の有効活用はもとより、自己収入の増大を目指すことを掲げている。例えば、社会のニーズとシーズを結びつける「ファンドレイザー」の段階的な増員や、同窓会との連携強化などにより、東工大基金を100億円程度まで増強する計画を立てているほか、東京のJR田町駅前に設置されている田町キャンパスを、特区制度の活用により再開発を実施。現状の容積率100%を800%まで拡大し、外部にも開放することで、事業収入を年間10億円程度確保することなども計画しており、そうして得た資金を、新たな戦略的経費として活用することで、好循環の創出を目指すという。

益氏は、「理工系総合大学というコンパクトな存在であるからこそ、他大学にない早い意思決定ができるという組織風土を認識した。これを強みとして、知の創出の原点である、それぞれの自由な発想を尊守しつつ、パフォーマンスを発揮できるワクワクできるキャンパスを作りたいと思っている。その結果として、社会が求めるニーズに臨機応変的に対応できるほか、その先にあるまだ見ぬニーズにも対応していけるようになる」と、東工大としての強みを武器に変えていくことを掲げる。また、「大学を構成しているのは学生。そしてそれを教育、指導する教員とそれを支えてくれる職員。それらが誇りをもって、大学を良くして行こうという気持ちを持つことが重要。個々の人としてみた場合、優秀な人材が多いのが東工大であり、彼らがそれぞれの場所で、自分の仕事をベストに遂行できる環境をできているか、ということを考える必要があると思っている。優秀な人たちが、無駄なことをせずに、研究したり、勉強したりできるようになれば、東工大は私が描いている理想の姿になると思う」と、東工大の理想像を語り、そのためには、学生、教員、職員全員が「チーム東工大」として、自律しながらも協調しあっていくことが重要と、なによりも、同じ方向に全員で向いて進んでいくことの必要性を強調していた。

益 新学長のこうした話を聞いて思うのは、実際、東工大には各界でノーベル賞級の名誉を受け取れるだけの頭脳を有する人材が数多く在籍している、ということだ。また、益氏が研究を続けてきた、半導体、電子デバイスの世界は、今やIoTの名の下に、さまざまな分野でなくてはならないモノとなりつつあり、まさに異分野の交流を長年、その肌身で感じてきた人物ともいえる。そんな新学長の下、さらなる改革が進めば、優秀な人材が、広くテクノロジーをベースとする形で社会に貢献し、そうした姿に憧れを抱く子供たちが増え、さらにテクノロジーを良い方向に活用できる社会が構築されていく、そんな未来が本当に訪れるかもしれない。そうした意味では、益氏の東工大の学長就任というのは、後の世に振り返ったとき、日本がテクノロジーを活用していく社会になる、という観点で見たとき、1つのターニングポイントになる可能性があると思われる。

  • 東工大を表すポスター

    多くの学生、教員、職員が携わって、三島前学長の時代に作成された2030年に実現したい東工大の姿を表したポスター