近年、アニメ業界におけるデジタル作画の導入が急速に進んでいる。そのメリットは単に作画のスピードやクオリティの向上だけに留まらず、制作進行の効率化などにも及ぶ。デジタル化による大幅な効率アップは、アニメ業界を悩ませるクリエイターの低賃金問題や人手不足などの解決の糸口になるのではないかとも期待されているのだ。
一方で、急速なデジタル化はさまざまな課題も生み出している。変化の真っ只中故に起こる軋みをどう乗り越えていくのか。そもそも、アニメ業界にデジタル作画は本当に必要とされているのか。
アニメ業界関係者同士の情報交換、および人材交流を目的とする「アニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム(ACTF)」(2月10日開催)に、業界第一線で活躍する5名のクリエイターが集結。「デジタル作画はアニメーション制作に本当に必要なのか!?」と題したシンポジウムで、デジタル作画の現状と展望、課題について議論を交わした。
"アニメ活況"に反した制作リソースの枯渇
シンポジウムに登壇したのは、アニメーション監督のりょーちも氏、デイヴィッドプロダクション デジタル作画室室長 宇治部正人氏、暁 代表取締役社長・盧国華氏、ねこまたやアニメーター・システム開発の清積紀文氏、スタジオ雲雀 システム担当の齋藤成史氏だ。モデレーターはACTF事務局の轟木保弘氏が努めた。
議論に入る前に、アニメ業界の現状を振り返っておこう。
日本動画協会アニメ産業レポート2017によると、日本はスタジオジブリがアニメ映画の興行収入を押し上げる状況が長く続いていたが、2015年以降はそうした牽引役が不在であった。しかし、2016年に「君の名は」が大ヒット。再び劇場アニメに注目が集まっており、今後も活況を呈すると見られている。アニメビデオパッケージ市場こそ縮小気味であるものの、ネット配信市場が伸張していることもあり、全体としては盛り上がっているといえよう。
ところが、制作側の事情は異なっている。TVクールや劇場作品の需要増加、さらにキャラクターの複雑化やクオリティ重視の状況に人材の数が追いついておらず、リソースが枯渇気味で制作フローの限界が叫ばれている状況なのだ。
アニメ監督のりょーちも氏も、危機感を持っていると話す。
「状況は悪化している。デジタルツールは進化していて、かゆいところに手が届くようになってきたが、実感としては(ツールの)ユーザー分母が減っているように感じている。これはアニメの継続そのものの問題で、仕事のアプローチから考えないといけない」
浸透しつつあるデジタル作画ツールだが、一方でまだまだ変革による軋みもある。
「2000年あたりから少しずつ(導入を)やっているが、まだ紙をなくせる状態ではない。紙とデジタル作画を混在させるのも大変。意識の浸透はまだ薄いと思う」(清積氏)
進むデジタル化、一方で「直しすぎ」問題も
ここで盧氏からは、貴重な受注案件のアナログ・デジタル比率の資料が提示された。
それによると、デジタルでの制作案件が急激に増えたのは2017年の6月ごろからで、現在は半々といったところ。暁が海外に置く制作現場に対しても、デジタルで第二原画(二原)をお願いしたい、という依頼が多いのだという。盧氏によれば、デジタル動仕(動画と仕上げ)を海外現場に頼むのは一般的になっているが、紙メインで制作している作品であっても、二原もデジタルで依頼が来ることが増えている、とのこと。
このように課題を残しつつもデジタル作画が増えてきているのは、明確なメリットがあるからだ。
「デジタル動仕でカット袋の運搬待ちが無くなり、海外動仕の上がり時間=動画検査開始時間になった」(宇治部氏)
「先日、大雪があったが、そういうときアナログだと車が走れなかったり立ち往生したりして届かないということがある。デジタルならその問題もない」(盧氏)
「作画の部分修正でも費用が発生するが、デジタル作画だと1時間に何百枚という数の修正ができる」(りょーちも氏)
あまりにも急な変化のせいで、これまでの金額体系が使えなくなるという問題も発生したという。
「アナログ的発想だと修正は原画や動画に戻って直す必要があったが、デジタルならデータに直接加筆修正できる。これはどうカウントすればいいのかわからなかった。途中からはもう修正に上限を定めた。構造の変化に対する新しい金額体系を考えていかないといけない」(りょーちも氏)
また、デジタル化には「直しすぎ問題」もつきまとう。修正が簡単にできてしまうが故に、ギリギリまでクオリティを高めてしまい、結局アナログ時よりも疲弊してしまうという現象である。
りょーちも氏はこの問題について「アニメ業界ならではの特殊性」だと指摘する。
かつて3D業界にいたりょーちも氏は、そこで3D制作の進行を体験。同じデジタル制作であるにも関わらず、3Dは「なるべく工程を戻さない」のが当たり前だということを知った。
「3Dは修正にかなり費用がかかるので工程を戻さない。アニメ業界は戻れてしまうから戻ることになる。そうじゃなくて、戻れない理由をしっかり定めて、その上で一人ひとりが業務の自由度を持ってカバーし合うようにしなければならない」(りょーちも氏)
デジタル作画には他にも課題がある。それが、歴史の浅さ故にフォーマットが定まっていないということだ。これはデジタル化の浸透と共に少しずつ解決されてきているというが、問題はそういった“暗黙の了解”が企業間で行われているということ。
轟木氏によると、個人制作者やフリーランスはノウハウが得られず置いていかれがちな状況が発生しているという。実際に、「デジタル動画仕上げを行う上でのルールをきちんと設定しないまま、うやむやにして普及させるのはやめてほしい」という制作会社からの声もあったとのことだ。
ともあれ、デジタル化は今後も進めていかなければならないという点では、パネリストの意見は一致する。
「人間が行える範囲のソリューションはもうやってきたし、限界がある」(宇治部氏)
「紙が悪いわけではないが、アナログ制作で副次的に発生する要因が制作進行の能力を落としている」(齋藤氏)
さまざまな課題を抱えつつも、アニメ制作のデジタル化が着実に浸透しつつあることを実感するシンポジウムとなった。