学習院大学は、害虫カメムシの共生細菌において、べん毛繊維を菌体に巻き付けて遊泳するという新しい「第3のべん毛運動」を発見したと発表した。また、この特異なべん毛運動は、基質表面上での効果的な運動であることも明らかとなった。

べん毛運動の模式図

べん毛運動の模式図

同研究は、学習院大学理学部物理学科の西坂崇之教授、木下佳昭(現ドイツフライブルク大学・海外特別研究員)と、産業技術総合研究所生物プロセス研究部門の菊池義智主任研究員の共同研究グループによるもので、同研究成果は、12月21日にNaturePublishingGroupから出版される微生物生態学分野の雑誌「The ISME Journal」にオンライン掲載された。

多くの遊泳性細菌は、「べん毛」と呼ばれる運動装置を持っており、べん毛繊維の回転により推進力を得ることで水中を自由自在に泳ぐことができる。べん毛運動は細菌がより良い環境を求めて移動する際に必須であり、「大腸菌などの周毛性の細菌が示すタンブリング運動」、「海洋性細菌のビブリオ菌などで見られる、前進―後退運動」という2つの運動のパターンが知られていた。

病原性と関わりの深い細菌のべん毛運動だが、いくつかの動物と細菌の共生系においては、両者の共生を成立させるために重要な役割を果たすことが知られている。ホソヘリカメムシの消化管と共生器官の間には、多糖質の粘膜が充満した非常に細い狭窄部が存在しており、菊池主任研究員のグループは以前、運動性のあるバークホルデリアのみがこの狭窄部を通過でき、運動できない変異株は狭窄部を通過できないことを報告した。また、大腸菌のような非共生細菌は運動性を持つにもかかわらず狭窄部を通過することができず、共生器官に到達できないことも分かっていた。そこで同研究グループは、「共生細菌バークホルデリアには狭窄部を通過するための特異な運動機構があるのではないか」との仮説を立てて研究をスタートさせた。

  • 左:従来のべん毛運動 右:今回観察された第3形態のべん毛運動

    左:従来のべん毛運動 右:今回観察された第3形態のべん毛運動

この仮説を実証するために同研究グループは、細胞本体を蛍光色素で処理することにより、べん毛繊維を蛍光顕微鏡下で可視化させた。また、高感度のEMCCDカメラを用いることで毎秒400枚の速さでの画像化に成功。この観察から、バークホルデリアはべん毛繊維を毎秒150回転させることにより、毎秒25マイクロメートル(体長の10倍程度の距離)の速さで泳げることが明らかとなったが、一般的な液体培地中において、バークホルデリアは大腸菌などが示す既知の運動様式を示すのみだったという。そこでメチルセルロースを用いて狭窄部位を模したネバネバの環境を作製し、同様の観察を行ったところ、通常の運動モードも観察される一方で、べん毛繊維が細胞本体に巻き付きながら通常の運動モードに比べて半分程度の低効率で遊泳する様子も頻繁に観察された。このべん毛巻き付き運動は既知のべん毛運動に当てはまらず、「第3のべん毛運動」といえる。

また、非共生細菌である大腸菌を用いて同様の観察をしたところ、大腸菌は時間経過とともにガラス表面に結合して動けなくなった。バークホルデリアではガラスに捕捉されて動けなくなる細胞は観察されず、通常運動で捕捉されたバークホルデリアはべん毛繊維を巻き付けることで、束縛から解消されてガラス表面を自由に動けることがわかった。つまり、この第3形態運動は、基質表面上で留まることなく効果的に運動するために必要不可欠な運動であるといえるという。さらに、ミミイカの共生細菌であるアリビブリオ菌を蛍光染色して同様の観察を行ったところ、アリビブリオ菌もべん毛繊維を菌体に巻き付けながら遊泳運動していることが明らかとなった。このことは、今回発見された第3形態のべん毛運動がさまざまな共生細菌に共通してみられる可能性を示しているという。

今後は、同成果をもとに、共生現象と細菌が見せる多様な運動性の関係を遺伝子レベルで徹底的に明らかにすることで、共生細菌の感染・定着を防ぐための新たな害虫防除剤の開発へつながることが期待されるということだ。