東京大学と岡山大学は、東京大学大学院総合文化研究科の王牧芸(ワン・ムーユン)氏と、岡山大学大学院自然科学研究科の竹内秀明准教授らによる研究グループが、メダカが仲間を見分けるために「顔」の情報を利用しており、「倒立顔効果」があることを発見したことを発表した。この成果はオープンアクセス誌「eLife」に掲載された。

メダカを正面から見た写真(撮影:ドキュメンタリーチャンネル藤原英史氏)(出所:ニュースリリース)

ヒトは「顔」を認識する機構が特化しており、我々が顔を見るときは特定のパー ツ(目や鼻)に注目するのではなく、顔全体の情報を読み取っている。しかし、顔を上下逆にした場合、顔全体を認識する機構が働かなくなり、顔を見分ける能力が低下する(倒立顔効果)。これは「サッチャー錯視」として心理学の分野で有名であり、ヒトといくつかの霊長類において見られるが、これまでは他の動物種で検定した報告例がほとんどなかった。

一方で、いくつかの魚類も仲間を見分ける能力を持っている。例えば、メダカのメスはオスを視覚的に見分けて、性的パートナーとして選択する。オスとメスを透明なガラスで仕切ってお見合いさせておくと、メダカのメスは目で見ていた「そばにいたオス」を記憶し、他のオスと区別して「見ていたオス」を見分け、その求愛を受け入れる。さらに、三角関係(オス×2、メス×1)においては、強いオスはメスがライバルのオスを記憶しないように割り込み行動をする。しかし、メスが複数のオスを見分ける上で鍵となっている情報は不明であった。

この研究では、メスを体の一部を隠したオスと「お見合い」させることで、メスがオスを見分ける際には、「顔」の視覚情報が特に重要であることを見出した。顔(頭部)を隠したオスとお見合いした場合、メスは「見ていたオス」を見分けられなかったが、尾部を隠した場合は見分けることができた。

また、プリズムを使って左右逆さま、上下逆さまにオスを提示した場合、 左右逆さまの場合は見分けられたが、上下逆さまにすると見分けることができなかった。また、ヒトでは「顔」の一部にペイントを塗っても顔の見分けがつくが、メダカのオスの顔の一部をペイントしてもメスはオスを見分けた。

さらに、3つに区切った水槽の中央にメス1匹、両端にオスを1匹ずつ入れ、メスに2匹のオスを視覚的に提示した状態で、一方のオスに近づいた時に電気ショックを与える訓練を繰り返し行ったところ、メスはそのオスを見分けて避けるようになった。次に、プリズムを使ってオスを上下逆さまに提示する と、メスはオスを見分けることが困難になった。興味深いことに、オスの代わりに物体を提示した場合、倒立しても2つの物体を正常に見分けることができた。このことからメダカにおいて、顔を認識する機構は物体認識機構と異なっていることが示唆された。

このように、ヒトと進化的に遠く離れた魚類で「倒立顔効果」が見つかったのは、この研究が初めてだという。メダカは実験材料としての歴史が古く、全ゲノムが解読されており、遺伝子改変技術を用いてその神経機構を詳細に解析できる。今後、顔認識や個体記憶の神経機構をメダカで解明することで、動物社会の成立に重要な顔認識機構の進化的起源にせまることが期待されるとしている。