九州大学大学院医学研究院の岡田誠司准教授と医学系学府博士4年・九州大学病院整形外科の原正光医師らの研究グループは、哺乳類の脳や脊髄で傷ついた神経が再生しない主要な原因であるグリア瘢痕(はんこん)の形成メカニズムを解明し、このグリア瘢痕の形成を抑えることが脊髄損傷の新しい治療法につながることを、マウスを使った実験で明らかにした。本研究は、2017年6月19日に英国科学雑誌「Nature Medicine」オンライン版で発表された。
手足などの末梢神経は傷ついても少しずつ再生するが、脳や脊髄などの中枢神経はほとんど再生しないので、脳梗塞や脊髄損傷後には麻痺などの重い後遺症が残る。その大きな原因として、哺乳類の中枢神経では損傷部の周りでアストロサイトという細胞が反応してグリア瘢痕と呼ばれるかさぶたのような組織を形成し、神経の再生を妨げることが挙げられる。これまで、このグリア瘢痕が形成される反応は一方通行であり、非可逆的なものと考えられてきたが、そのメカニズムや瘢痕形成を抑える方法は不明だった。
本研究グループはセルソーターという装置を用いて損傷を加えた脊髄からアストロサイトを選択肢に回収し、再度正常な脊髄に移植することで、グリア瘢痕が形成される反応は一方通行ではなく、アストロサイトが置かれた環境によって変化することを証明した。特に、アストロサイトが1型コラーゲンと反応してカドヘリンという細胞接着因子を発現させることでグリア瘢痕が形成されることを明らかにした。さらに、この反応を阻害して脊髄損傷後のグリア瘢痕の形成を抑えると、損傷部を超えた線形再生が起こり、麻痺の回復が促進されることを発見した。本成果により、今後、グリア瘢痕形成をターゲットとした新しい中枢神経損傷の治療開発が期待される。
本研究について研究者は、「近年、iPS細胞や神経幹細胞が中枢神経再生の新しい治療として期待されているが、すでにグリア瘢痕が形成された慢性期の患者に細胞を移植しても瘢痕が再生を阻害してしまう。本成果によってグリア瘢痕形成が抑えられるようになると、このような患者にも幹細胞移植との相乗的な治療効果が期待できるようになるのではないか」と述べている。