東京大学(東大)は5月24日、生体が持つアセチル化剤を活性化して、染色体構成タンパク質であるヒストンを位置選択的に化学修飾する触媒を開発したと発表した。
同成果は、東京大学大学院薬学系研究科 金井求教授、川島茂裕特任講師、山次健三助教らの研究グループによるもので、5月23日付の米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載された。
染色体は、ヒストンタンパク質とDNAの複合体から構成されている。ヒストンは生体内の酵素によってさまざまな部位に種々の化学修飾を受けるが、化学修飾を受けるヒストンの部位や化学修飾の種類によって、異なる機能が発現することが知られている。このことから、ヒストンの化学修飾は、遺伝子の転写などさまざまな生命現象の制御に関与していると考えられている。
ヒストンの代表的な化学修飾であるアセチル化修飾は、生体内酵素によるアセチルCoAの活性化を介して起こるが、ある種のがん細胞などでは、このような酵素の機能が失われるなどの要因でアセチル化が抑制され、がん抑制遺伝子の転写も抑制された状態となる。
そこで同研究グループは、人工触媒が生体内酵素によるヒストンのアセチル化反応を代替できれば、失われた酵素の機能を補う疾患治療戦略として有用と考えた。今回の研究では、ヒストンの特定の位置に選択的な修飾を導入するため、標的部位の近くのみでアセチルCoAが活性化されるような触媒設計を実施。同触媒を用いることで、アセチルCoA存在下でヒストンに対して位置選択的かつ高収率でアセチル化修飾を導入することに成功した。
また、アセチルCoAの代わりに各種のアシルCoAを用いた場合でも、触媒によるヒストンの位置選択的な修飾反応が進行し、各種アシル化修飾を導入することに成功。さらに、同触媒を用いて、細胞から抽出したヒストンの特定の位置にアセチル化修飾を導入し、この修飾が染色体の構造や物性を遺伝子の転写が起こりやすくなるように変化させることを明らかにした。
したがって、同触媒を用いてヒストンに対して位置選択的なアシル化修飾を行うことにより、遺伝子の転写を促進できる可能性が示唆されたと言える。同研究グループは今回の成果について、ヒストン化学修飾を介した生命現象を理解するための有用な研究ツールとなるだけでなく、生体内酵素を人工触媒により代替することで疾患を治療する“触媒医療”への応用が期待されると説明している。