京都大学は、鼠咬症を引き起こすグラム陰性連鎖桿菌が動物の細胞外マトリックスの主な成分グリコサミノグリカン(GAG)をどのように分解・吸収するのか、分子メカニズムの一端を明らかにしたと発表した。
同研究は、京都大学大学院農学研究科博士課程学生の老木紗予子氏、橋本渉教授、摂南大学の村田幸作教授らの研究グループによるもので、4月21日にScientific Reportsに掲載された。動物の細胞外マトリックスは、細胞同士の接着や組織の骨格形成および細胞の分化と増殖など多様な機能を担っている構造体で、その主要な構成成分のGAGは、ウロン酸とアミノ糖を基本単位としている。GAGにはヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ヘパリン、ヘパラン硫酸などが存在する一方で、ある種の常在細菌や病原性細菌は、GAGを定着や分解するための標的としているという。その、細菌によって多糖GAGがオリゴ糖へ断片化する際に係る酵素と遺伝子については多くの研究蓄積があるのだが、細菌が宿主細胞のGAGを取り込む分子メカニズムはほとんど分かっていなかったということだ。
同研究では、ヒトに共生または感染する細菌のゲノムを対象にGAG遺伝子クラスターを解析。その結果、鼠咬症を引き起こすグラム陰性連鎖桿菌の遺伝子クラスターにはGAGの分解と代謝に関わる複数の酵素とともに、基質結合タンパク質依存ABCトランスポーター2がコードされていることが見出された。さらに、「連鎖桿菌のGAG分解性」、「基質結合タンパク質の構造機能相関」および「ABCトランスポーターの機能」を解析。その結果、連鎖桿菌は、ヒアルロン酸とコンドロイチン硫酸を断片化すると分かり、基質結合タンパク質は、断片化ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸と結合ならびに解離し、その結合と解離に伴って分子構造を開閉していると分かった。ABCトランスポーターは、基質結合タンパク質と断片化ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸の存在下で、輸送エネルギーを発生させていた。以上のことから、断片化GAGを細胞内に取り込む細菌の分子装置の実体が明らかになった。
GAGは、細胞外多糖として動物のあらゆる組織に存在しているため、常在細菌や病原性細菌にとって優れた栄養素になるが、細胞の中に取り込むことができなければ細菌はGAGをエネルギー源として利用することができない。したがって、同研究成果は、常在細菌や病原性細菌によるエネルギー獲得や宿主細胞との相互作用に関わるメカニズムの全容を明らかにすることに繋がると考えられるという。実際、多種多様な常在細菌や病原性細菌のゲノムに、GAGの分解や代謝に関わる酵素に加えて、輸送系がコードされていることが見出されており、ヒトの細胞数よりも多くヒトに存在する細菌が、どのようにヒトが細胞外に産生するGAGを介して相互作用しているかを明らかにできるのではないかと期待されている。
また、同研究成果の応用的、社会的波及効果も有望視されており、例えば、病原性細菌のGAG輸送装置を阻害する薬剤は、感染症の予防と治療薬の開発に繋がるという。今回対象としたグラム陰性連鎖桿菌では基質結合タンパク質の構造機能相関が判明しているため、働きを阻害する薬剤の分子設計が可能となる。今後は、ABCトランスポーターが断片化GAGを取り込む詳細なメカニズムを明らかにする予定となっており、また、ヒト各組織におけるGAGを標的とする細菌叢の動態や性状、ならびに創薬を目標としてGAG輸送系の阻害剤の分子設計に関する研究を進めていく。