"欧州版GPS"こと、欧州が構築を進めている全地球衛星航法システム「ガリレオ」が、12月15日から、いよいよ全世界でのサービスを開始した。まだ衛星の数が不十分なため、サービスを利用できない時間帯や地域がある"初期サービス段階"ではあるものの、米国の本家GPSや、ロシアのGLONASSと並んで、そしてそれらに頼ることなく、全地球規模で位置や航法、時刻の情報を利用できるようになった。
今後、ガリレオは2020年ごろからフル稼働を始める予定で、さらにそのころには中国やインド、日本の衛星航法システムも完成し、100機以上もの衛星航法システムの衛星が地球を取り囲むようになる。そしてその先には、自動運転車やスマートシティの実現など、多くの可能性が秘められている。
ガリレオ
ガリレオやGPSなどの衛星航法システムは、細かい違いはあっても、基本的には同じ仕組みを使っている。
まず正確な時刻がわかる時計と、自分の位置を正確に知れる装置を搭載した人工衛星をたくさん打ち上げる。それぞれの衛星は、その時刻と位置の情報を電波に乗せて、信号として地上に送信、その電波をスマートフォンやカーナビが受信する。それら端末は、届いた信号の情報をもとに、衛星から電波が発信された時刻と、端末に届いた時刻から、衛星と自分との距離を計算する。
これを同時に4機の衛星を対象に行い、それぞれとの距離を求める。すると、その4つの距離がひとつに交わる点を導き出すことができる。そここそが、自分のいる位置となる。
こう書くと相当複雑なことをやっているように思えるが、実際私たちがカーナビを見ながら車を走らせたり、スマートフォンでポケモンGOを遊んでいる裏では、その端末に搭載されたコンピューターが涼しい顔で計算し続けているのである。
ここで重要になるのは、たとえば信号に細工をすれば、意図的に測位の精度を落とすことが可能だということ。そして正確な測位をするためには、そうした信号を出している衛星が最低4機、できればそれ以上、自分の上空にいることが必要で、さらに全地球規模で、いつでも誰もが測位をするためには、地球を覆うように何十機もの衛星が必要だということである。
欧州が独自の衛星航法システム、後のガリレオとなるシステムの検討を始めたのは1990年代のことだった。当時、米国はすでにGPSを運用しており、ソヴィエト連邦も独自の衛星航法システムGLONASSの構築を進めていた。
GPSもGLONASSも、現代でこそ私たちはスマートフォンなどを通じて日常的に利用しているものの、当初は軍用のシステムとして構築された。とくに米国は、1991年に始まった湾岸戦争においてGPSを活用し、兵士や車両、航空機などの移動や、ミサイルや爆弾の誘導に使うなどして、その実力を世界に知らしめた。
GPSのような衛星航法システムというものが、軍事はもちろん、民間やビジネスでの利用においても、大きな可能性を秘めていることは、欧州をはじめ、誰の目から見ても明らかだった。しかし、GPSは、ついでにいえばGLONASSも軍事目的で構築されたものであり、万が一の際にサービスの停止や、信号の質を故意に下げられる可能性があった。
欧州にとって、GPSは魅力的であったにもかかわらず、あるいはそれがゆえに、頼り切ることはできなかったのである。欧州が独自の衛星航法システムを持とうとしたのは、こうした背景があった。
まず1990年代の初頭から、フランスなど各国がそれぞれ研究をはじめ、90年代の後半には欧州共同でこの計画を進める方針が固まり、2003年には欧州連合(EU)が、正式にプロジェクトとして承認。計画は欧州委員会(EC)が主導し、ガリレオを構成する人工衛星の開発は欧州宇宙機関(ESA)が担当することになった。
民間や商業での利用を考えたシステム
このような理由から、ガリレオはGPSやGLONASSとは異なり、民間で利用されることを第一に考えたシステムになっている。
ガリレオは民間向けに「オープン・サービス」と「コマーシャル・サービス」という2種類の信号を出している。前者は無償で利用でき、すでに信号の受信できるチップを搭載した機器が販売されている。また将来的にはGPSと完全な互換性をもつ予定で、いずれは一台の機器でGPSとガリレオの両方の信号を利用できるようになり、サービスを利用できる時間帯や地域が増えたり、万が一GPSが停止してもガリレオのみで使い続けたりといったことが可能になる。
後者は有償のサービスで、有償なぶん、オープン・サービスやGPSの民間向け信号よりも高い精度の信号を利用できる。信号情報そのものを売るというのはGPSにはないもので、ガリレオの大きな付加価値のひとつであり、民間や産業界での利用を第一に考えている証左でもある。
測位精度は、GPSやロシアのGLONASSが現在数mなのに対し、ガリレオのオープン・サービスでは1m、コマーシャル・サービスでは数cmにもなり、いずれGPSやGLONASSが追いつくとしても、当面は優位、少なくとも対等に立てる。
また、ガリレオの衛星群は、GPS衛星の高度2万km、GLONASSの1万9100kmに比べて高い高度2万3222kmの軌道をまわっている。高度が高いと、その分地上から一度に見える衛星の数が増えるため、GPSなどと比べ、高い緯度の地域でも十分にサービスを受けることができる。フランスやドイツ、英国などが比較的高い緯度にあることがその理由だが、もちろん高緯度にある他国にとっても大きな恩恵となる。
このほか、ガリレオは軍や政府機関向けの暗号化された信号も出すことができ、さらに船や航空機が遭難した際に利用されるCOSPAS-SARSATの精度向上や探知時間の短縮にも活用される。また信号に含まれる時刻情報そのものが、正確で信頼できる時計として、銀行業務や金融取引などで利用される。
2020年にもフル稼働へ
欧州はまず、2005年に「ジョーヴェA」、2008年に「ジョーヴェB」という2機の試験機を打ち上げ、衛星航法の技術を試験した。そして2011年と2012年には、ガリレオの軌道上実証機となる「ガリレオIOV」が2機ずつ、計4機が打ち上げられている。
2014年からは実運用機となる「ガリレオFOC」の打ち上げが始まり、最初の2機はロケットのトラブルで意図しない軌道に入ってしまったものの、その後の12機は成功し、現時点でガリレオIOVが4機、ガリレオFOCが14機、合計18機のガリレオ衛星群が地球をまわっている。
そして計画開始から10年以上、そもそもの検討から数えると20年以上の時を経て、2016年12月15日をもって、ガリレオはようやく全世界での測位・航法・時刻サービスを開始した。実現までには、GPSのライバルとなることを良しとしない米国からの圧力や、開発の遅れや打ち上げ失敗などで予算が当初の3倍にも膨らむなど多くの困難があったが、それでも欧州はやり遂げた。
ただ、ガリレオは本来、最低でも24機、さらに予備機も必要なため、現在の18機ではところどころサービスが受けられない時間帯や地域が生じてしまう。そのため「初期サービス」と呼ばれる段階にあるが、本格サービスの開始を目指し、今後もさらに打ち上げは続き、2018年までに全21機のガリレオFOCが打ち上げられる予定となっている。
ちなみにジョーヴェやガリレオIOV、そしてガリレオFOCの最初の10機は、ロシア製の「ソユーズ」ロケットで打ち上げられたが、今年11月に打ち上げられたガリレオFOCの11機目以降は、すべて欧州製の「アリアン5」ロケットで打ち上げられることになっている。アリアン5はソユーズよりも打ち上げ能力が大きいため、一度に4機の衛星を打ち上げることができ(ソユーズは一度に2機)、またここ最近の打ち上げ成功率もアリアン5のほうが高く、なにより欧州製であるため、信頼が置けるという利点もある。
打ち上げが順調に進めば、2020年ごろには30機もの衛星群となり、いつでもどこでも、ガリレオのサービスを受けられるようになるだろう。
【参考】
・Galileo begins serving the globe / Navigation / Our Activities / ESA
http://www.esa.int/Our_Activities/Navigation/Galileo_begins_serving_the_globe
・European Commission - PRESS RELEASES - Press release - Galileo goes live!
http://europa.eu/rapid/press-release_IP-16-4366_en.htm
・Galileo Services | European Global Navigation Satellite Systems Agency
https://www.gsa.europa.eu/galileo/services
・https://www.ohb-system.de/tl_files/system/images/mediathek/downloads/pdf/120830_OHB_10604_Messe_Galileo_2012.pdf
・About satellite navigation / Navigation / Our Activities / ESA
http://www.esa.int/Our_Activities/Navigation/About_satellite_navigation2