アメリカ発の手術支援ロボットによる「ダヴィンチ」手術が、日本でも2012年に保険適用となり、広まっている。その流れの中、ダヴィンチ手術の長所を保ち短所を補う"一歩先を行く手術"が、日本国内で開発・実践中である――最先端型ミニマム創手術=「ロボサージャン手術」だ。
詳細は後述するが、この最先端型ミニマム創手術では、術者は頭に内視鏡を動かすセンサーつきのヘッドマウントディスプレイを装着し、そこに映し出される患部の内視鏡の拡大3D画像や術中超音波画像を自在に操りながら、手術を行うことができる。回転する3Dは、世界初ともいえるものだ。
この手術を開発した東京医科歯科大学 木原和徳特任教授のグループは、「ダヴィンチが、操縦者が機械に命令を出してロボットを動かす、鉄人28号のような"マスタースレイブ型ロボット"のシステムだとすれば、このロボサージャンは、術者が直接ロボットになる"ロボコップ型"のシステムともいえます」と語る。その名のとおり、ロボ(人の能力を超えるロボット化)+サージャン(外科手術を行う人)。この画期的なコラボレーションが実現するまでには、どのような道のりがあったのか。
ダヴィンチ手術は腹腔鏡手術の欠点を補ったが……
腹部の外科手術といえば「開腹手術」が主流だった時代から、より「低侵襲(患者の体への負担が少ない)・高機能」の手術が求められるようになって久しい。体にメスを入れることは、それだけ体にかかるストレスが大きく、傷を治すまでの時間も要する。そんなデメリットを解消する手術法として誕生したのが、「腹腔鏡手術」だった。
腹腔鏡手術は、内視鏡を用いた外科手術だ。メスでお腹を開ける代わりに、腹腔に二酸化炭素ガスを入れて膨らませ、数カ所の小さな孔から腹腔鏡と手術器具を入れて行われる。ところが、「開腹手術では3Dだった視野が、内視鏡越しに見る腹腔鏡手術では2Dになってしまいました。術者は脳で画像の深さを調整して手術を行わねばなりません」(木原教授)。
さらに、手指を自由に使える開腹手術と異なり、箸のような関節のない「長い棒状の器具」を使って細かい作業を行う必要がある。つまり、「内視鏡外科手術は、患者さんの体への負担を減らした代わりに、手術をする人間から"立体的な視野"と"自由に動く指"を奪ったともいえるのです」と木原教授は語る。
こうした手術法の変遷のなかで、手術支援ロボット「ダヴィンチ」を使った手術がアメリカで開発された。日本でも、2012年4月から健康保険が適応されるようになり、急速に広まっている。このダヴィンチ手術は、「腹腔鏡手術が失った2つの機能を回復させた手術」(木原教授)とも位置付けられるという。
ダヴィンチ手術では、術者は患者から数メートル離れた場所から手術用のロボットを操作する。その際、術者が見ているモニターには手術する場所の拡大3D画像が表示される。また、この遠隔操作で動くロボットに搭載された手術器具は多関節鉗子と呼ばれ、毛筆で米粒に漢字を書くような細かい作業も可能と言われる。
しかし、そんなダヴィンチ手術にも課題が残っていた。「確かにダヴィンチ手術は、立体的な視野と自由に動く指を取り戻してくれたため、術者にとってのメリットは大きいです。その一方で前立腺や腎臓などの泌尿器科臓器を手術する場合、腹腔内に4~6個の孔を開けたり、二酸化炭素ガスで腹腔を膨らませるといった患者さんの負担面では大きな変化はありませんでした。また、手術コストは、きわめて高くなりました。」(木原教授)。
そこで木原特任教授のグループは、腹腔鏡手術からダヴィンチ手術へ、という流れに乗らずに、独自の手術の開発に取り組んできた。その結果、誕生したのが、冒頭のロボサージャン手術である。
コインサイズの孔をたった1カ所開けるだけで、高度な手術が可能に
ロボサージャン手術には、ダヴィンチ手術にない利点がある。別名ミニマム創内視鏡下手術と呼ばれるとおり、「小さなひとつの切開部位(ミニマム創)で、二酸化炭素ガスを使用せずに行う」というものだ。
腹腔鏡手術やダヴィンチ手術の際に体に開ける孔(切開部位)は、開腹手術でメスを入れる場合に比べ、患者への負担は少ない。それでも、手術で体に開ける孔の数は少なければ少ないほど、孔の大きさも小さければ小さいほど、患者には望ましい。ロボサージャン手術は、「孔の大きさはコインのサイズ程度(2~4センチ台)で、1カ所」を実現した。その結果、手術を受けた患者さんの回復も早く、手術を受けた翌日には100メートル以上歩くことができ、早い人だと3~4日後に仕事に復帰しているという。
さらに、最近では機器の開発が進み(2D-3Dコンバーター)、切開して作り出す人工的な孔からの手術のみでなく尿道のような"自然の孔"からの手術にも3Dを応用できるようになっている。手術の質が高まり、患者の負担もいっそう軽減されることは、言うまでもない。
また、この手術では、腹膜を開けないで済むメリットもある。腹腔鏡手術やダヴィンチ手術では、腹腔内に内視鏡や手術器具を入れ、もういちど腹膜を破り、前立腺や腎臓などがある後腹膜腔に到達する。
「腹膜は重要な働きをしているもの。大きく切開したり、不用意に扱うと、手術のあと長期間たっても、腸の癒着で腸閉塞を起こすリスクが生じます。しかし、腹腔を開けないロボサージャン手術では、このようなリスクはありません。多数回の腹部手術の既往のある患者さんでも適応になります」と木原教授は語る。
メリットはそれだけではない。先に述べたように、腹腔鏡手術やダヴィンチ手術では、二酸化炭素ガスをお腹にいれることで手術時の広い視野を確保している。圧により出血が減少する利点はあるが、その一方で、血管や臓器に圧力がかかり、大なり小なり呼吸器系や循環器系に負担を生じてしまう。そのリスクは、とくに高齢者や合併症のある患者にとっては見過ごせない場合もあるだけに、二酸化炭素ガスを使わない手術は"高齢者に優しい手術"といえるのである。
「世界の主要国は、日本を先頭に急速に高齢化しており、合併症を持つ患者さんもさらに増えることが予想されます。だからこそ、なるべくガスレスが望ましいと思います」(木原教授)。