透明アモルファス酸化物半導体の開発や、セメント材料を原料に用いた大気中でも安定なエレクトライドの合成、鉄系超伝導体の発見など、さまざまな分野で輝かしい研究成果を残してきた、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所教授/元素戦略研究センター長の細野秀雄氏。2016年のJapan Prize(日本国際賞)を受賞し、ノーベル賞の有力候補ともいわれている細野教授は、物理学者でもなければ、化学者というわけでもない。彼は自らを"理学と工学のインターフェース"を担う「材料科学者」と称する。高校で習う科目にはない「材料科学」という分野は、そもそもどのような研究分野なのだろうか。また、細野教授を材料科学へと導いたきっかけは何だったのだろうか。今回、細野教授の考える材料科学の魅力とその未来について、お話を伺った。

細野秀雄氏プロフィール

1953年埼玉県川越市生まれ。1982年に東京都立大学大学院工学研究科博士課程修了。名古屋工業大学などを経て、現職は東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所教授/元素戦略研究センター長。2016年の日本国際賞(Japan Prize)を受賞。写真は授賞式の様子。

材料科学は理学と工学のインターフェース

――細野先生の専門である材料科学について教えてください。

まず材料とは何かということですよね。材料っていう言葉は紛らわしいんですよね。料理の材料なのか、建築の材料なのか、材料とひとことでいってもいろいろある。学問的には、世の中に直接的に役立つものを材料と呼んでいます。だから、皆さんが知っている物質というのは、実際にはほとんどが材料なんですよ。世の中には、何百万個もの物質があるわけですが、材料として使われているものは、実はそこまで多くありません。でも、世の中のほとんどの人たちにとっては、物質よりも材料のほうが重要です。たとえば飯島澄男先生が発見されたカーボンナノチューブですが、これが脚光を浴びた理由も、カーボンナノチューブが材料になる特性を持つからなんですよね。このような材料を取り扱う研究分野のことを、材料科学と呼んでいます。学問として位置付けるのであれば、化学や物理学、生物学などの理学と、土木や建築、情報学、応用化学などの工学のインターフェースを担っているといえるかもしれない。

――材料科学の魅力はどのようなところにあるのでしょうか。

材料科学というのは、役に立つものを日々改良する工学部的なイメージが強いかもしれませんが、理学と工学のインターフェースなので、必要に応じて理学的な研究をしたり、工学的な研究をしたりできるんですよね。アカデミアの世界では、工学部の人が基礎的な研究をすると「あいつの研究は工学ではない!」と言われる風潮があります(笑)。逆もまた同じ。ところが材料科学の場合、両方の立場で研究ができるので、その人の力量や好みなどの個性を活かすことができる。非常に良い分野だなと思っています。

――理学と工学のインターフェースとなると、幅広い知識が求められそうですね。細野先生は大学時代から分野を問わずに学ばれていたのでしょうか。

日本の大学の学科には、化学や物理といった分野はあるのですが、材料専門の学科はほとんどないんですよね。私は高等専門学校卒業後、昼間に工学を、夜間に理学を学べる東京都立大学に進みました。高等専門学校で学んでいたころに、大学で何をどれくらい勉強したらいいか理解して、自分のなかでリストを持っていたので、大学入学前には自分専用のカリキュラムができていたんですよ。私はもともと工学部的な性質を持っていたのですが、たとえば工学部の化学の授業を聞いていると、浅いんですよ。だから、基礎の部分は絶対理学部で勉強しないとダメだと。当時夜間の講義を担当していた理学部の先生には、理学部の学生よりも理学部的だといわれていたんですよ(笑)。

――現在も分野を問わずに学ばれているのでしょうか。

材料科学を研究するには、化学とか物理というような分野で分けても仕方がないので、意識的に分野を分けないようにしています。現在でも、日本物理学会に出たり、応用物理学会に出たりするなど、その時々の研究テーマに応じて参加する学会を変えています。ただし、学会はその学問で一番正面の学会に出ることにしています。たとえば、超伝導の研究であれば応用物理学会ではダメで、絶対に日本物理学会。半導体の研究は応用物理学会といったように、正面の学会ってあるんですよ。セラミックスの学会で半導体や超伝導の話をすれば、威張れるんだけど、そんなことをやっても学問の本流はつかめません。真正面の学会で、真っ向から行くのが一番いいんです。そして、私の知る限りでは、良い仕事をしている人っていうのは、専門を超えた学会で活躍しています。昔は、卒業研究以来何十年、同じ道で研究してきたことが良いことだとされていましたが、私は全然そうは思わない。そこに何十年いることが重要ではなくて、そこで何をしたかが重要だからです。たしかに、同じ学問を長いことやっていたほうが、知見が蓄積されるのは事実だけれども、世の中、いろいろな物質があるし、いろいろな考え方があるので、同じ思考で似たような研究を行うのではなく、なるべく異質なものと出会い、ものごとを広い視点で見る機会を得たほうがおもしろいですよね。

分野の常識は異分野での非常識

――実際に分野や環境を変えてよかったと思うことを教えてください。

たとえば、非結晶状態の半導体であるアモルファス半導体の研究です。私たちはアモルファス半導体で「縮退半導体」ができることを見つけました。これは、結晶半導体ではよく知られた現象だったので、それと同じことがアモルファス半導体で起きただけだと思っていたんですよね。ただ、その結果をアモルファスシリコンのコミュニティで発表したら、研究者たちにものすごくビックリされたんですよ。なぜかというと、そのコミュニティでは、アモルファスシリコンはどんなに頑張っても縮退しないものだと考えられていたんです。これは新しい環境に飛び込まないとわからないと思いますね。自分たちの視点では当たり前のことが、違う分野の研究者からすると重要になることがあるんだと。

――分野の常識が異分野での非常識になるということですね。鉄系超伝導体の発見もそうだったのでしょうか。

鉄系超伝導体は典型的な例です。鉄は超伝導にはならないと昔から言われていたわけですが、鉄の化合物で同じことがいえるとは限りません。化合物と単体は違いますよね、当たり前じゃないですか。私は鉄系超伝導の何が珍しいのかまったく理解できなかったのですが、物理の専門家たちが私たちの研究成果を見て仰天するので、その反応を見てこちらが仰天しちゃった(笑)。私は、鉄系超伝導はいまだにたいした研究成果だとは思っていません。だって、元素の数と同じ数しか物質がないなんてことはありえないじゃないですか。これだけ複雑な人間の体でさえ、ほとんどCとHとOとNといった元素からできているわけですからね。鉄で起きない現象は鉄の化合物でも起きないなんてことはまずありません。みんな、異口同音に言うわけですよ。「細野さん、なんであんなもの作れたの?」って。そのような発言を聞く度に彼らのことを不思議な人種だなぁと思いましたよ。まあ、彼らも同じように思っているわけなんですけどね(笑)。

――細野先生を材料科学者へ誘ったエピソードがあれば教えてください。

やはり中学の理科で習う「水の電気分解」ですね。まず、水に電圧をかけるとガスが出る(水素と酸素に分解する)ことだけでビックリしますよ。しかも、そのガスが燃えるわけですよ。火を消すために水を使うのに、なんでその水が燃えるんですかね(笑)。あれには本当にビックリしたなぁ。当時は1日中電気分解の実験をしていましたね。もし水の電気分解に出会っていなければ、今は別のことをやっていたかもしれません。元素の数が100程度しかないということも驚きでした。世の中にはこれだけたくさんの物質があるのにも関わらず、それらが人間の煩悩の数と同じくらいの数の元素でできているわけですから。物というのは、化けるんですよね。

――物が化けることを示す印象的な研究はありますか。

ナイロンの発明です。ナイロンの発明には、二重の意味があるんですよ。まずは、絹の代替品として、安く良い素材が入手できるようになったということ。もうひとつは、富岡製糸場での厳しい労働をなくしたことです。水と空気と石炭というありきたりなものを使って新しい素材を発明して、当時の社会的困難を解決したんです。科学技術というのはすごいなと素直に思いましたね。こういう発明って、一種の錬金術じゃないですか。やっぱり憧れますよね。