宇宙航空研究開発機構(JAXA)は4月15日、通信が途絶したままのX線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)について記者会見を開催、原因究明の作業状況を報告した。すでに、姿勢制御系に異常が発生したらしいということは分かっていたが、解析を続けた結果、より詳しいメカニズムが明らかになってきた。

記者会見の出席者は、左から久保田孝・宇宙科学プログラムディレクタ、常田佐久・宇宙科学研究所長、原田力・追跡ネットワーク技術センター長

地上からの光学観測により、ひとみは高速に回転している可能性が高いことが分かっている。前回の記者会見で、JAXAは「姿勢制御系に異常が発生して高速に回転し、その結果衛星の一部が壊れて分離した可能性が高い」としていたが、今回の解析結果は、それを裏付けるものだ。姿勢制御系が原因である可能性がより高くなってきた。

今回JAXAは、衛星の姿勢異常から物体の分離までを矛盾なく説明できる。有力なメカニズムを推定することができたという。推測と事実が混じってしまうが、以下、順を追って説明しよう。

(1)3月26日の3時1分から約21分間、ひとみはリアクションホイール(RW)による姿勢変更を実施した。これは今まで何度も行ってきたもので、今回も異常なく終了した。

(2)しかしその直後の4時10分頃、衛星は回転していないのに、姿勢制御系が「回転している」と判断。回転を止めるために、RWの回転数をわずかに変化させた。これにより、衛星は1時間に20度程度のゆっくりとした速度で回転を始めた。

姿勢異常が起き、衛星はZ軸(望遠鏡の視線方向)まわりに回転(提供:JAXA)

(3)地球近傍では重力傾斜の影響により、ひとみを立てる方向に力が働く。RWの回転数を変化させることでその力に対抗し、姿勢を維持するが、回転数には上限があるので、通常は磁気トルカによるアンローディングでRWの回転数を下げる。しかし今回は、姿勢異常のためにアンローディングが正常に機能せず、RWに角運動量が蓄積し続けた。9時52分のテレメトリで、RWの角運動量は制限値(120Nms)に近い112Nmsだったことが分かっている。

(4)RWの角運動量が制限値を越えたことで、姿勢制御系は危険と判断、太陽電池を太陽に向けてゆっくり回転するセーフホールドモードに移行しようとした。このとき、スラスタを噴射したと考えられるが、スラスタの制御パラメータが不適切だったため、正しく動作しなかった可能性が高い。このあたりはテレメトリが無いため推測となるが、制御パラメータが不適切だったことは、今回の検証作業で明らかになっている。

(5)スラスタの噴射により、衛星の回転速度が異常に上昇。高速に回転したために、太陽電池パドルや伸展式光学ベンチなど、回転に弱い部分が壊れ、分離したと考えられる。衛星を安全な状態に避難させるためのセーフホールドモードが、逆に衛星に深刻なダメージを与えてしまった形だ。

異常の発端となったのは上記(2)だが、問題があったのはソフトウェアなのかハードウェアなのか、原因については依然として不明。ただ、姿勢制御系の動作について、想定外の事象が起きたのは確実で、JAXAはそのメカニズムの推定も行った。

ひとみは自分の姿勢(向いている方向)を知るために、IRU(慣性基準装置)とSTT(スタートラッカ)というセンサーを搭載している。IRUでは3軸の角速度が分かるので、それを積分すれば、現在の姿勢が計算できる。ただし、IRUにはどうしても誤差があり、実際の姿勢との誤差が累積してしまうため、星の位置から直接姿勢が分かるSTTで補正している。

STTの精度は高いものの、使えないときもある。IRUだけでも正確に姿勢を推測できるようにするため、ひとみの姿勢制御系はIRUの誤差を推定して、それを制御に活用するようになっていた。

姿勢変更後、STTが計測を開始すると、一時的にIRU誤差推定値は上がるものの、STTが計測を続けることで、通常、すぐに収束する。ところが、何らかの理由によりSTTの計測が中断、Z軸(望遠鏡の視線方向)のIRU誤差推定値が21.7度/時のまま保持されたようだ。このため、ひとみはZ軸まわりに回転を始めてしまった。

その後、STTの計測が再開されたものの、すでにIRUが推定した姿勢との差が大きくなっていた。ひとみでは、両者の差が1度を超えた場合、STTに異常が起きたものと考え、STTの計測値を棄却するようになっていた。そのため、IRU誤差推定値が21.7度/時のままになっていたと考えられる。

IRU誤差推定値が大きいまま保持されたと考えられる(提供:JAXA)

また上記(4)で、スラスタの制御パラメータが不適切だった件についても、詳しい説明があった。ひとみのスラスタの主目的は、打ち上げ後に電力を確保するため、太陽電池パドルを太陽に向けるよう姿勢を制御することだった。制御パラメータは打ち上げ前に設定しており、これは正常に実施された。

しかし、伸展式光学ベンチを展開し、質量バランスが変わったことから、2月28日に制御パラメータを変更して、再設定したという。ひとみのスラスタは基本的にほとんど使うことが無いため、再設定後、スラスタを噴射するのは上記(4)が初めてだった。なぜ誤った制御パラメータを衛星に送ってしまったのかは、現在調査中だ。

もし制御パラメータが正しければ、上記(5)に至らず、無事にセーフホールドモードに移行できた可能性もあるが、姿勢異常の原因次第では、やはり正常に実施できなかった可能性もある。これ以上の推測については、今後の検証作業を待つ必要があるだろう。

なおスラスタを異常に噴射したことで、燃料がまだ残っているかどうかは不明だが、燃料が無くても、磁気トルカを使って回転速度を落とすことは可能と見られている。「制限があることは覚悟している」(久保田孝・宇宙科学プログラムディレクタ)という厳しい状況だが、通信さえ復旧できれば、観測を再開できる可能性は残っている。