宇宙航空研究開発機構(JAXA)は4月8日、X線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)について記者会見を開催、現状を報告した。ひとみは先月26日から通信が途絶えている状態。依然として通信は復旧していないものの、地上からの観測で、衛星本体が高速に回転している可能性が高いことが分かった。JAXAは姿勢制御系に異常が起きたと見て、原因究明を進めている。

記者会見の出席者は、左から久保田孝・宇宙科学プログラムディレクタ、常田佐久・宇宙科学研究所長、原田力・追跡ネットワーク技術センター長

1週間前の記者会見では、地上から観測できていた2つの物体のうち、どちらが衛星本体なのかすら特定できていなかったが、観測を続けた結果、より明るく見えていた物体の方を衛星本体であると推定。JAXAは4月4日夕方以降、これをひとみと考え、追跡しているという。

この物体(米JSpOCによるIDは41337)は、4月7日までに、JAXAで23回観測に成功。すばる望遠鏡による光学観測にも成功しており、その画像から、数メートル程度の大きさがあると見られている。さらに、観測回数は少ないものの、新たに2つの物体も見つかっており、JAXAが観測できた物体は合計4個になった。

すばる望遠鏡による観測画像(提供:JAXA)

依然として通信できていないため、衛星が現在どうなっているのか、特定することはできない。しかし、木曽観測所(東京大学)の広視野高速カメラを使った観測で、明るさの変化を調べたところ、明暗のパターンが約5.2秒の周期で繰り返されていることが分かった。この周期とは限らないものの、衛星が高速に回転していることはほぼ確実だ。

木曽観測所による光度曲線(提供:JAXA)

約5.2秒で1回転というのは、通常のオペレーションでは考えられないような高速な回転である。ただ、高速に回転したことで衛星の一部が分離したと考えれば、軌道上で複数の物体が観測され、通信が途絶している現状と辻褄は合う。

JAXAが衛星の強度を解析したところ、周期3秒程度の高速回転になると、太陽電池パドルや伸展式光学ベンチなど、回転による影響を受けやすい部位が壊れ、分離する可能性があることが分かったという。現状の約5.2秒というのはそれよりも遅いが、分離したことで回転が遅くなった可能性もある。

よく分からないのは、なぜこのような高速な回転が起きたのかだ。ひとみの姿勢制御にはリアクションホイールが使われているが、リアクションホイールの回転数が上限に達したとしても、衛星本体をこれほどの速度で回転させる能力は無いという。スラスタが噴射したと考えた方が自然だが、通信途絶前のデータには、特に異常の兆候は無かった。

JAXAは姿勢制御系に何らかの異常が発生した可能性が高いと見ているが、原因の特定には至っていない。もし仮にスラスタの噴射があったとしても、スラスタの異常とは限らない。センサーやソフトウェアの不具合の可能性もあるからだ。原因によっては、現在開発中の他の衛星への影響も考えられるため、原因究明を急ぐ必要があるだろう。

姿勢異常は、通信途絶前の3月26日4時10分頃に発生したと考えられている。このときの回転は、衛星のZ軸(望遠鏡の視線方向)まわりに20度/時という、非常にゆっくりとした速度だったことが分かっている。そこから現在の回転速度には大きな開きがあるが、その間に何があって加速したのかは大きな謎だ。

ひとみの形状。望遠鏡の視線方向がZ軸

現在、明暗の周期が約5.2秒であることまでは分かったが、どの軸周りにどのくらいの速度で回転しているかは不明。それが分かれば、回転が今後どのように推移していくか予測できるようになるため、まずは地上からの観測を続け、モデルを使ったシミュレーション結果と比較しながら、現在の形状および回転状態についての解析を進める方針。

明暗の変化を見てみると、約5.2秒の周期の中で、ちょうど8分割した位置に明るいピークが出ている。ひとみの本体は8角柱なので、Z軸周りに回転していると仮定すると、このピークについて説明しやすい。その場合、太陽電池パドルに大きな力がかかるが、もし6枚の太陽電池パネルのうち3枚が残っていれば、制約はあるものの科学観測はできるそうだ。

なお前回の記者会見で、通信途絶後にも4回ひとみからの電波を受信したと発表していたが、その後の解析により、最後の1回についてはひとみからの電波ではないと判断された。これ以降、ひとみからの電波は受信されておらず、現在、バッテリの電力は枯渇した状態と見られている。

3月29日の電波受信は無くなり、合計3回に(提供:JAXA)