理化学研究所(理研)は3月16日、スーパーコンピュータ「京」を利用した高精度電子状態計算により、C60フラーレン分子および高次フラーレン分子の生成熱を世界最高の精度で理論予測したと発表した。

同成果は、理研 計算科学研究機構 平尾計算化学研究ユニット 平尾公彦 研究ユニットリーダー、量子系分子科学研究チーム 中嶋隆人 チームリーダー、シドニー大学 化学科 ブン・チャン リサーチフェローら研究グループによるもので、米国科学誌「Journal of American Chemical Society」の2月3日号に掲載された。

生成熱は、物質を構成する単体から化合物1molを合成する反応に伴う反応熱(kJ/mol)のことで、分子中の原子同士の結合の強さなど基本的な物性の指標となる。しかし、フラーレン分子の生成熱は、実験での測定誤差が大きく正確な測定が困難であり、また高精度電子状態計算によって理論的に算出する場合、計算コストが高く莫大な時間を要するため、これまで正確な値は明らかになっていなかった。

今回、同研究グループは、スーパーコンピュータ「京」と分子科学計算ソフトウェア「NTChem」を組み合わせ、C60フラーレン分子と高次フラーレン分子C70、C76、C78、C84、C90、C96、C180、C240、C320の合計10種類を対象に、世界最大規模の高精度な電子状態計算を実施。この結果、これら10種類のフラーレン分子の生成熱を高精度に理論予測することに成功した。C60フラーレン分子の生成熱は2520.0 ± 20.7 kJ/mol、C70フラーレン分子の生成熱は2683.4 ± 17.7 kJ/molと予測されている。

また得られた知見から「より大きなフラーレン分子の生成熱を算出する一般的な計算式」を導出。計算によって得られる限りなく大きなフラーレン分子の生成熱は、実験によって得られるグラフェン分子2面分の生成熱とほぼ等しくなると考えられていたが、今回の研究では炭素数を増やしてもグラフェンの値には近づかないことがわかった。フラーレン分子では結合の五角形部分の歪みが従来の予想以上に大きくなり、炭素原子間の結合が不安定となる領域が存在するため、安定な六角形のみで形成されるグラフェンとは大きく異なる電子状態を示すという。

同研究グループは、今回の研究を発展させることにより、新しい材料設計の指針を計算化学の立場から立てることが期待できるとしている。

C60フラーレンの分子モデル。六角形の6員環20個と五角形の5員環12個で形成された切頂二十面体構造をとる

フラーレン分子の炭素原子1個あたりの生成熱と炭素原子数の関係。黒丸は10種類のフラーレン分子の計算結果のプロット。赤点線は「より大きなフラーレン分子の生成熱を算出するための一般的な理論式」から得られる生成熱。青点線は、過去の実験で測定されたグラフェンの生成熱。フラーレン分子の炭素原子数を増加させると生成熱は徐々に小さくなり、グラフェンの値に近づくもののグラフェンの値には到達しないことがわかる