科学技術振興機構(JST)は2月26日、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)において炭素原子一層の薄膜であるグラフェンナノリボンと金の表面間に生ずる超潤滑現象の観察およびそのメカニズム解明に成功したと発表した。
同成果は、バーゼル大学 物理学科 川井 茂樹 シニアサイエンティスト、およびドレスデン工科大学、スイス連邦材料試験研究所、マックスプランク高分子研究所の研究者らの研究グループによるもので、2月26日付けの米科学誌「Science」のオンライン速報版に公開された。
通常、物質と物質との接触面(界面)では表面にある双方の原子が柔軟に動いて位置合わせを行うため強い吸着力が発生し、それが摩擦力となる。一方、グラフェンは、構成している炭素原子間の結合力が高く、原子がほとんど動かないめ、原子の位置合わせが行われず、界面で発生する吸着力は弱くなる。グラフェン表面コーティングはこの「超潤滑現象」を利用して、非常に小さな摩擦になると考えられている。
基板表面を動く一次元鎖の超潤滑現象の概念図。緑色の球が基板表面を動く分子鎖の中の原子で、バネはその間の結合を示している。赤の波線は基板表面のポテンシャル凹凸、紫色の球は、分子鎖内の原子と基板表面の相互作用力 |
グラフェンによる超潤滑現象を解明するためには、基板である物質とグラフェンとの界面で、ナノメートルスケールでの摩擦特性を測定することが必要だった。同測定では、基板、グラフェンともにその原子構造や結晶方位がわかった界面を用意することが重要だが、これまでは原子構造の明らかなグラフェンを基板表面上に配置することが困難だった。
今回の研究では、グラフェンナノリボンを用いることによりこの問題点を回避できることを発見。基板表面上に原子構造が明らかなグラフェンナノリボンを生成し、極低温超高真空中で動作する走査型トンネル顕微鏡・原子間力顕微鏡システムを用いることで、超潤滑現象の挙動を直接確認することに成功した。同グラフェンナノリボンの構造は、幅が炭素7つで一定であり、長さが1ナノメートルから50ナノメートル程度。グラフェンナノリボンと基板の間の摩擦力は、長さが27ナノメートルのグラフェンナノリボンで、105ピコニュートンという"驚くほど低い"値となった。
また、走査型トンネル顕微鏡の探針で長さ6.28ナノメートルのグラフェンナノリボンの一端を拾上げ、長手方向に引きずる実験を行い、そのときの摩擦現象を原子間力顕微鏡の力センサーから検出した結果、金表面の金原子間距離に相当する0.28ナノメートル周期で摩擦力が変化していることがわかった。また、摩擦力を示す振幅が大きく変化することもわかった。これはへリングボーンといわれる最密六方格子構造と面心立方格子構造に伴う金基板表面の凹凸変化の影響だと考えられる。
A:走査型トンネル顕微鏡によるグラフェンナノリボン移動の観察像。矢印先端のところが二重に映像化されているところが動いたことを表している。B:グラフェンナノリボンの原子間力顕微鏡による内部構造直接観察図とグラフェンナノリボンの分子構造図 |
さらに、これらのグラフェンナノリボンの動きを分子動力学法を用いて計算したところ、観測結果と一致しており、グラフェンの超潤滑現象として一般的に受けいれられている解釈に完全に一致することが明らかになったという。
同研究グループは、今回の成果により、摩擦を極小に押さえ、摩擦によるエネルギー損失を押さえた界面の実現が可能になるとしており、また、グラフェンナノリボンのサイズアップを行うことによりグラフェン薄膜で表面をコーティングした固体潤滑剤が見込まれ、超低摩擦のマシーンで摩擦により発生する熱や磨耗を抑えたり、エネルギー損失を抑えた機械部品の実現などが期待できると説明している。