ジェームズ ダイソン財団が主催する、国際エンジニアリングアワード「ジェームズ ダイソン アワード2015」。今年度、日本からは5作品が第一次審査にあたる国内選考でノミネートされ、国際審査に進出した。11月13日、最終選考の結果報告と、国内審査における受賞作品の表彰式が都内で開催された。

「ジェームズ ダイソン アワード2015」国内受賞作品表彰式」。1位~4位までの受賞者と審査員

ジェームズ ダイソン アワードは、2002年から開催されている、次世代のデザインエンジニアの支援・育成を目的に、毎年開催されているコンペティション。テーマは"日常の問題を解決するプロダクトの提案"で、今年も大学で工業デザインやプロダクトデザイン、エンジニアリングを専攻する学生、および4年以内の卒業生を対象に、2月5日から7月2日の間に作品を募集し、世界20カ国から710の作品が集まった。

今年度国際最優秀賞を受賞したのは、カナダのウォータールー大学で電子機械工学を専攻する学生チームの「Voltera V-One」。スマートフォンをはじめ、生物医学装置に至るまでさまざまな電子機器に使用されている電子部品を固定して配線するためのプリント基板(PCB)を作製する3Dプリンターで、ノートPCサイズでありながら、ソフトで設計した回路図から数分程度でPCBのプロトタイプを作製できる。「特に学生や小規模事業者にとって電子機器のプロトタイプ製作が各段に容易で手軽なものになる」(ジェームズ・ダイソン氏)というのが主な受賞の理由だ。

ジェームズ ダイソン財団 統括マネージャー 神山典子氏。同財団は日本では2006年に発足。技術で生活上の問題を解決するエンジニアの仕事を学ぶ、同財団が実施している中高生向けワークショップが今年経済産業省主催の「キャリア教育アワード」の中小企業部門で経済産業大臣賞を受賞した。

「ジェームズ ダイソン アワード2015」の参加国別応募数の内訳。

最終審査には参加20カ国からノミネートされた各5作品、合計100作品が進出するが、そのうち上位20作品の「TOP20」に今年度日本から選出されたのは2作品。慶応義塾大学院卒の山田泰之さんの「YaCHAIKA」と、宇井吉美さんをはじめとする千葉工業大学工学部の卒業生・在校生のグループによる「Lifilm」だ。

一方で、国際最終審査と国内審査の結果は異なり、日本最優秀賞は名古屋市立大学大学院芸術工学研究科の本田光太朗さんと河内貴史さんの「LIGHT STRAP」が受賞。災害時に非常灯にもなるつり革で、利便性はもちろん、大規模災害時の人々の心理的不安を解消するという課題設定と、平常時の車内構造に組み込んだ上で使用時も手間なくそれを解消するという方法や、社会的影響力などが評価された。

非常時に"使える"つり革

国内最優秀賞の「LIGHT STRAP」。平時にはつり革として使用。電車の揺れにより発電と蓄電を行う。災害が発生すると、鉄道の災害対応センターや鉄道員などの判断により解除され、乗客が引っ張るだけで分離して非常灯の役割を果たす。

「LIGHT STRAP」のデザインとプロトタイプ設計の検討過程の説明。デザインプロセスでは、非常灯として使用する際に置くことの安定性や非常時のみに押すことができるボタンの位置、グリップを支えるためのボディの形状などの検討が細かくなされた後、回路・機構・組立についても3Dグラフィックにより綿密に検討されたとのこと。

受賞の喜びを語る、名古屋市立大学大学院芸術工学研究科の本田光太朗さん

国内最優秀賞を受賞した「LIGHT STRAP」を開発した本田さんは、「応募した当初は、まだプロトタイプの完成度が高いと言えるものではなかった。それでも受賞できたのは問題解決の定義やコンセプトを評価していただいたからだと思う。一方で、市場に投入するという点については、これまでデザインエンジニアの勉強しかしていないので、今後の課題としていきたい」と語った。

快適なハイヒールを設計

国内審査2位に選ばれたのは、全世界から選ばれる「TOP20」にも選出された「YaCHAIKA」。心地よい"ハイヒール"という従来の常識を覆す作品で、ヒール部分を2枚の湾曲した板バネと衝撃性の高いゴム板にすることで衝撃を吸収し、快適で安全な歩行を可能にするというものだ。

2位受賞作の「YaCHAIKA」。履いた時にむしろ快適になることを目指した、異例のハイヒールだ

ハイヒールは、着用時の立ち姿と足取りの美しさを意識して作られているというのがそもそもの役割のため、ファッション性を決して崩さないことが「YaCHAIKA」をデザインする上での鉄則だった

「YaCHAIKA」を開発した、慶応義塾大学院出身の山田泰之さん

慶応義塾大学院出身の山田泰之さんは、壇上で「研究者とエンジニアを両方やっていて痛感するのは、製品にすることが本当に難しいということ。コンセプトがよくていけると思っても、製品にする時に問題が出たりしてできないこともよくある話だが、ここからは1年ぐらいの間に製品にしていきたい」と語った。「YaCHAIKA」は来年秋にも今回の受賞作を製品化する予定だという。

3位は九州大学芸術工学府卒業の瀧口真一さんの「BICHIKU Faucet」が受賞。災害発生時、蛇口に装着されたレバーを手押しポンプの要領で上下に動かすと、水道管内にたまった水をくみ出して備蓄水として活用できるという仕組みを発案した。

3位の「BICHIKU Faucet」。見た目はスタイリッシュな蛇口だが、右側にあるレバーが災害時に水道管に溜まった水を汲み上げる機能を果たす

「BICHIKU Faucet」の仕組みの全体図。災害時に家庭の水道管の止水弁を閉じ、台所や洗面、浴室といった水周りに通じる配管に残っている水を集める。2回のポンピングでコップに約1杯分の水を取り出せることを想定しているという

実は、応募締め切りの1~2週間前に作品のアイディアを思い付いたことを明かした、九州大学芸術工学府卒業の瀧口真一さん。「今回は余裕がなくてプロトタイプまでつくることができなかった。これからつくって実際に検証をしていき、これが本当に世の中の役に立てれば」と目標を語った。

その他、もうひとつの国際TOP20選出作品である人工知能(AI)を搭載した排せつ検知シート「Lifilm」は4位。5位には、名古屋大学工学部の学生3名と愛知工業大学の学生1名のチームによる、災害時の応急処置用の水や医療器具を少量の紫外線によって短時間で除菌できる「Fillap」が選ばれている。

既に実用化されているという、4位の排泄検知シート「Lifilm」。吸水シート部とセンサー・ポンプ部で構成され、集中管理端末に排泄を通知し、人工知能で排泄パターンを分析する機能も持つ。

同じ排泄検知シートでも、人工知能があると、ない場合に比べて約4倍の精度で排泄検知が行え、介助者の時間のロスを解決するとのことだ

「大学でとにかく言われてきたのは現場100回。とにかく現場に行ってニーズを拾ってくる。そしてそれを1つ1つテーマに落とし込んでいく。ただ、エンジニアリングの勉強をしてきたが、デザイン志向のところがまだまだ甘いと思うので、今後そういった部分も勉強していきたい」と、代表で挨拶した千葉工業大学工学部出身の宇井吉美さん。週末には実際に介護職としても勤務している。

授賞式には、国内審査委員を務めるデザインエンジニアの田川欣哉氏と、フリージャーナリスト・コンサルタントの林信行氏が出席。それぞれ次のように今年度のアワードの振り返りと講評を語った。

「昨年までは介護系やハンディキャップを改善するテーマのものが多かったが、今年は受賞5作品のうち2つが災害時における問題をどうやって緩和できるかということをデザインしたものであることが特徴的。応募作の完成度は世界的にも毎年上がってきていて、今年のグランプリはそのまま起業化できるほどのレベル。どうやって社会の中に入れていくかという視点で、その先のビジネスにもぜひつなげていってほしい」(田川氏)

「受賞作に関しては本当にすばらしかったが、残念ながら受賞できなかった作品の中には、これはいったいなにを解決するのだろう? とか、個人的な趣味のものに無理やり課題をくっつけてしまったと思う作品も多かったのも今年の日本の応募作の特徴だった。これからの日本の教育で"課題の発見力"が必要だということを痛感した。中学ぐらいから現場でそういう取り組みをして、日本から社会の問題を解決していくような作品がもっと出てくることを期待したい」(林氏)

国内審査員を務めた、デザインエンジニアの田川欣哉氏と林信行氏。