九州大学は11月20日、抗てんかん薬の1つである「バルプロ酸(VPA)」を妊娠マウスに投与すると、出生・成長した子供の脳で神経細胞(ニューロン)産生能が低下してしまい、学習・記憶に悪影響があることを確認したほか、この学習・記憶能の低下は、自発的運動によって改善されることも確認したと発表した。
同成果は、九州大学大学院医学研究院の中島欽一教授、Berry Juliandi学術研究員らと、東北大学、星薬科大学、国立医薬品食品衛生研究所らで構成される研究グループによるもの。詳細は、国際学術雑誌「Stem Cell Reports」オンライン版に掲載された。
これまでの研究から、てんかんを合併した妊婦の約2割がVPAによる治療を受けており、その妊婦から出生した子供は、他の抗てんかん薬による治療を受けた妊婦から出生した子供と比較して、認知機能が低下することが報告されているが、その原因などについてはよくわかっていなかった。
今回、研究グループでは、VPA曝露によって出生した子供の認知機能が低下する原因として、海馬のニューロン新生の異常に着目して研究を行ったという。具体的には、妊娠マウスに対し、ヒトにおける妊娠4週から6週に相当する期間にVPAを投与。投与しなかった場合と比べて、その後の胎仔の脳において通常より多くのニューロンが神経幹細胞から産生されるとともに、神経幹細胞自体の増殖が抑制されることを発見したという。
また、胎仔期VPA曝露マウスでは成体期における神経幹細胞の数が少なく、それに伴って新生されるニューロンの数が減少すること、ならびに新生ニューロンの形態的・機能的な異常があることも発見。こうしたマウスでは学習・記憶機能に異常があることも確認したとする。
されに研究グループでは、この障害はどのように改善することができるのかについての調査も実施。これまでの研究から自発的な運動が、海馬におけるニューロン新生を亢進させる作用があることが分かっていることから、胎生期VPA曝露マウスの飼育箱に回し車を設置し自発的な運動を行わせた結果、成体海馬で神経幹細胞の増殖やニューロンへの分化が促進するのみならず、新生ニューロンの形態的、機能的な異常も改善できることが分かったほか、マウスの行動解析より学習・記憶機能が改善することも確認されたという。
VPAの胎生期神経幹細胞への影響のイメージ。VPA曝露により胎生期神経幹細胞のニューロン分化が促進し、成体海馬におけるニューロン新生が障害される結果、記憶・学習機能に異常をきたすこととなるが、自発的運動によってこれらの晩発性影響が改善されることも確認された |
今回の成果を受けて研究グループでは、胎生期VPA曝露による成体期認知機能障害のメカニズムが明らかとなったことに加え、自発的運動といった薬物治療に頼らない方法で、その晩発性影響を改善できることが示されたとしつつも、この知見をヒトに応用する場合、運動療法をどの程度の強度、期間で行うかなど、検討すべき点が多くあるため、今後は神経幹細胞への晩発性影響がどのような機序で引き起こされているのかをより詳細に明らかにしていくことで、自発的運動による改善法に加えて他の改善方法の開発を行い、それらを併用していく必要があるとコメントしている