アカデミスト 代表取締役 柴藤亮介氏

インターネットを通して研究者に直接資金提供を行うだけでなく、情報やマンパワーの提供、さらには研究者同士のコラボレーションを促し、“第二次オープンサイエンス革命”を起こしたい――こう語るのは、学術研究に特化したクラウドファンディングサイト「academist」を運営するアカデミスト 代表取締役の柴藤亮介氏だ。

「オープンサイエンス」とは、書籍『オープンサイエンス革命(紀伊國屋書店)』において理論物理学者であるマイケル・ニールセン氏が提唱したもので、インターネットやオンラインツールなどの活用により、研究の過程で得られた情報や知識を共有することで科学を発展させていく試みのことをいう。同書のなかでニールセン氏は、資金提供を行うパトロンたちが17世紀に科学論文という文化を作ったことで「第一次オープンサイエンス革命」が生じたとしている。

「インターネット技術が発達した現在は、第二次オープンサイエンス革命の時期。研究成果をオープンにすることが“第一次”であるのなら、“第二次”では科学研究のアイディアやプロセス自体をオープンにしていきたい」(柴藤氏)

しかしながら閉鎖的なイメージのある学術界で、果たして柴藤氏の言う「第二次オープンサイエンス革命」を起こすことはできるのだろうか。11月14日に行われた「サイエンスアゴラ 2015」内のトークイベント「オープンサイエンス革命 ~オンライン・コラボレーションによる研究推進の可能性~」では、さまざまな分野の若手研究者たちがオープンサイエンスの可能性について議論した。

オンラインコラボレーションで一般市民でも研究に参加できる

慶應義塾大学 先端生命科学研究所の特任講師 堀川大樹氏。自身がプロデュースするクマムシグッズを身につけて登場

慶應義塾大学 先端生命科学研究所の特任講師 堀川大樹氏は「クマムシ博士」として知られており、書籍・有料メルマガの執筆やグッズ販売などで得られた資金をもとに、極限環境への耐性を持つ生物「クマムシ」の研究を行っている。

研究においては、とにかくクマムシの数が必要だというが、その飼育には手間が掛かる。そこで堀川氏は学校や科学教育機関などとコラボレーションを行い、理科教育の一環としてクマムシの飼育観察をしつつ、その数を増やしてもらうという取り組みを提案した。クマムシの飼育にはある程度の技術が必要となるため、堀川氏はそのノウハウを提供するというわけだ。研究者と教育機関とのコラボレーションは、比較的多くの分野の研究で実践できるものではないだろうか。

またクマムシを「増やす」手伝いだけでなく、「発見する」手伝いもできる。「クマムシ学会最大の謎」であるという「オンセンクマムシ」は、1937年に長崎県・雲仙で発見されたといわれているが、標本がなく、さらに発見場所の温泉が干上がってしまい、いまだ再発見できていないという。そこで堀川氏は「ボランティアを募ってオンセンクマムシを探すミッションをできないか」と提案。たとえば、クラウドファンディングの見返りとしてこのミッションへの参加権を提供すれば、マンパワーも研究資金も得られる一石二鳥の取り組みとなる。

堀川氏は学校・科学教育機関とのコラボレーションを提案

京都大学大学院農学研究科 博士課程 日本学術振興会特別研究員(DC2) 末広亘氏

同じ生物学分野でのオープンサイエンスの事例として、京都大学大学院農学研究科 博士課程の末広亘氏は、アリ研究における取り組みを紹介した。アリは日本だけでも約300種が存在しているうえに、どこにどの種類のアリがいるかはわからない。研究者だけで完全なモニタリングを行うことは不可能だといえる。

そこで解決策となるのが、オンライン上での一般市民の研究参加だ。アメリカではすでに成功事例があり、一般市民の協力によって1年半のあいだに全米500地点で107種類のアリを見つけることができたという。アメリカに侵入した外来種「オオハリアリ」の侵略メカニズムを研究する末広氏は「自分は3年間のうち40カ所でしか調査できていないので、これはすごい数だ」と評価する。

研究手法を統一させて即座に情報共有できるのは、オンラインでしかありえない。現在は研究者がそれぞれに情報共有のプラットフォームを作っているが、末広氏は「さまざまな分野で共通のプラットフォームがあれば、よりオープンサイエンスの試みが促進されるのでは」と、一般市民と研究者のオンラインコラボレーションにおける今後の課題をあげていた。

理化学研究所 基礎科学特別研究員 湯浅孝行氏

生物系だけでなく、宇宙物理の分野にも一般市民のオンラインコラボレーション事例がある。理化学研究所 基礎科学特別研究員の湯浅孝行氏は、『オープンサイエンス革命』でも取り上げらている「Galaxy Zoo」の事例を紹介した。Galaxy Zooは、一般市民がWebブラウザ上で銀河の形状を分類できるサービスだ。このサイトからはすでに、48本もの論文が出版されているという。また、ここから発展したサービス「Zooniverse」では、野生生物や化石、惑星調査に対し、100万人以上の市民が参加している。

また湯浅氏は自身でも、オンラインコラボレーションの場を提供する。後述するように湯浅氏は、雷雲におけるガンマ線放射現象のメカニズムを解明したいと、研究費のクラウドファンディングを行った。この研究に対して我々一般市民は、研究資金の提供という形だけでなく、マンパワーという形で協力することができる。具体的には、Webブラウザ上に表示されたある時間帯のガンマ線の検出データを見て、ユーザーが数値の増えている部分の判別を行うというものだ。この判別結果と、同じ時間帯の雷雲の様子を見比べ、湯浅氏らはその関係性を調査する。同サイトは2015年度末に公開することを目標に開発されているという。

公開予定のWebサイトのイメージ。ガンマ線が検出されている範囲を画面で判別・選択する

クラウドファンディングで得られるのは研究資金だけではない!?

京都大学 白眉センター 理学研究科 特定准教授 榎戸輝揚氏

湯浅氏とともにクラウドファンディングにチャレンジした京都大学 白眉センター 理学研究科 特定准教授の榎戸輝揚氏は普段、宇宙X線望遠鏡による天体の研究を行っているが、修士課程の学生のころには雷雲から発生するガンマ線を手作りの検出装置で検出するという研究で論文を執筆した。この装置を再び活用し、ガンマ線と雷雲がどういう相互作用をするか調査したいと数年前に科研費に応募したが、残念ながら採用されなかった。このとき、知り合いの研究者からacademistを紹介され、研究費クラウドファンディングへのチャレンジを決意したという。

結果としては、目標金額の160%となる約160万円を集めた。これは、academist史上最高の達成率となっている。しかし得られたものは、研究資金だけではなかった。検出装置の設置に適した金沢の大学や高校から「うちの学校に検出装置を設置してはどうか」というメッセージがきたというのだ。現在、榎戸氏らは合計4校と具体的な話を進めている。さらに榎戸氏は「研究者たちでスタートアップをやっているような感覚にワクワクした。研究費としては微量かもしれないが、直接応援をもらうことで研究費の大切さを肌で感じ、研究の推進力をもらうことができた」とコメントした。クラウドファンディングは資金だけでなく、多くの“副産物”を生んでいることが伺える事例だ。

クラウドファンディングの支援の見返りとしてオリジナルグッズや論文への謝辞掲載が用意されていた

オープン化が進む情報科学分野特有の文化とは

情報通信研究機構 サイバー攻撃対策総合センター技術員/北陸先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 博士課程 湯村翼氏

ソースコードを公開し、プログラマやエンジニアたちが共同でソフトウェアを開発していく「オープンソースソフトウェア(OSS)」の文化が根付いている情報科学分野。最近ではコラボレーションツール「GitHub」を利用したソフトウェア開発が主流になっており、オンラインコラボレーションの流れはますます加速している。

湯村翼氏は、情報通信研究機構に技術員として勤務しながら北陸先端科学技術大学院大学 情報科学研究科にて研究を行っている、いわゆる社会人学生だ。もともと大学では宇宙プラズマの研究をしていたが、就職後に情報科学の分野へ進み、AR(Augmented Reality:拡張現実)の技術開発や、ホームネットワークの研究を行ってきた。

ITエンジニアたちのあいだでは知識やノウハウ共有のために、カンファレンス、勉強会、ハッカソンなどが頻繁に行われており、日によっては1日に全国で40件以上開催されていることもある。自分のソースコードやノウハウをオープンにしてしまうというと、他分野の研究者は抵抗を感じてしまうかもしれない。これについて湯村氏は「情報科学の分野では、誰かが作ったものをもう一度作る『車輪の再開発』をなるべく行わないようにするという文化があるためでは」と分析する。

さらに同分野では、Youtubeなどの動画サービスが研究者の発表の場になりつつある。国際会議の投稿時に義務付けられたり、査読対象になったりすることもあるという。湯村氏自身も、動画での研究発表を推奨する「ニコニコ学会β」を運営。なかでも「研究してみたマッドネス」は、誰にでもオープンな「ユーザー参加型研究」を実践することを目的としたセッションで、インターネット上で活動しているアマチュアの研究者と、ビジネスやアカデミアで活躍するプロの研究者とが一緒になって発表し、討議を行う。ユーザー参加型研究の世界を湯村氏自らが作り上げているのだ。

個人PCのスペックが向上し、またAWS(Amazon Web Services)などのクラウドサービスにより高性能なリソースを手軽に利用することが可能になってきたため、最近ではコンピュータひとつあればさまざまなことができるようになってきた。「情報科学の分野では、オープンサイエンスがより進みやすくなってきている」(湯村氏)

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研究費クラウドファンディングや、研究者と一般市民のコラボレーションは、科学コミュニケーションとしての意義もある。まだまだ課題は多いが、まずは情報科学分野における豊富なオンラインコラボレーションの事例を他分野へ展開していくことが今後、第二次オープンサイエンス革命を起こすためのヒントを見出す鍵となるのではないだろうか――第一線で活躍する若手研究者たちの熱いトークセッションを聞き、そう感じた。