アジレント・テクノロジーって何の会社?

アジレント・テクノロジーという会社をご存じだろうか。普段からアジレントの分析機器に囲まれており、何をいまさら? と思う人もいれば、名前は聞くけど具体的には知らないという人もいるだろう。アジレントは元々HP(ヒューレット・パッカード)からメジャメント部門がスピンオフして1999年に設立された会社だ。さらに2014年には、元々の主力事業であった電子計測事業をキーサイト・テクノロジーとしてスピンオフさせ、成長著しいライフサイエンス・化学分析に特化した会社として生まれ変わった。アジレントは、飲料水などの環境分析分野、食品偽装や残留農薬などの食品分析分野、危険ドラッグなどの法医学など多岐にわたる化学分析の分野はもちろん、製薬・バイオテクノロジーなどのライフサイエンス分野でも強みを発揮しているのだ。

今回、同社日本法人の代表取締役社長を務める合田豊治氏に分析の総合企業としてのアジレントのビジネス、またダコを傘下に収めることで見えてくる他社とはひと味違ったビジネス戦略についてお話をうかがうことができた。

広がる得意分野、あらゆる分析技術は人間の診断に応用できる

アジレントは元々GC(ガスクロマトグラフィー)やICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析計) など、どちらからと言えば化学分野の分析が得意な企業だった。今でも化学分析のイメージが強いかもしれないが、同社は大きく変化を遂げてきた。同社のLC(液体クロマトグラフィー)や液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS)は製薬業界でその存在感が高まっている。さらには、ライフサイエンス研究に欠かせない技術や製品もある。たとえば遺伝子の発現量を調べることのできる「DNAマイクロアレイ(DNAチップ)」がそうだ。アジレントのDNAマイクロアレイの基礎となったのはアジレントの前身であるHPのプリンタで使われたインクジェット技術だそうだ。インクの代わりにDNAをチップに吹き付けることで高性能なDNA分析用チップを作り出しことに成功し、DNAマイクロアレイの大手メーカーとなっている。同社はライフサイエンス分野の分析でも活躍中だ。

アジレントのDNAチップ (出典:同社パンフレットより)

アジレントの現在のビジネス戦略のキーワードの1つが「臨床診断」だ。化学分析から始まった同社だが、得意芸であるクロマトグラフィー、質量分析技術も、ヒトの唾液や尿、血液中のアミノ酸、糖鎖など様々な成分の量を測定するのに有効な分析機器である。

このように、手持ちの技術の多くが人間の健康や診断に大きなアドバンテージを持っていることに気がついた同社は臨床診断分野への進出に向けて大きく舵を取っている。

診断用抗体試薬の世界的大手企業ダコを買収

また、アジレントの近年の大きな動きといえば診断用抗体試薬の世界的大手メーカー、ダコを買収し子会社化したことだろう。ダコはライフサイエンス分野では誰もが知っている大手メーカーである。分析機器を得意とするアジレントがダコを買収したのには著者も驚いた。

ダコは高品質な抗体、キット、機器とソフトウェアによって、病理検査室に役立つソリューションを提供している (写真は次世代染色プラットフォーム「ダコ Omnis」)

ダコはすでにがん治療のための医薬品を投与する前に治療効果を期待できるかどうかを検査する「ダコ HercepTest II」や「EGFR pharmaDx『ダコ』」と呼ばれる製品を保有しており厚生労働省の承認も得ている。これらは投与前に治療効果を予想することができ、近年、医療においてたいへん重要視されている。同様の診断薬の開発も他社と組んで順調に進んでいるそうである。最近ではがん治療のブレイクスルー薬として期待されている新型のPD-1免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」のコンパニオン診断薬との共同研究がプレスリリースされていたのが記憶に新しい。

ダコの買収はアジレントにとって臨床診断の分野に打って出るための大きな足がかりとなるのだ。

2015年2月、ダコは小野薬品工業とのオプジーボのためのコンパニオン診断薬開発に向けた提携を発表。アジレントとしても日本での臨床診断分野に向けた大きな足掛かりを得たこととなる

CrossLabで、お客様のラボに欠かせないパートナーへ

アジレントは現在、大きく3つの事業グループに分かれて事業を展開している (資料提供:アジレント・テクノロジー)

アジレントが昨年から立ち上げたブランドがある。「CrossLab」だ。これは、サービスや消耗品など、アフターマーケット向けビジネスのブランドである。同社のアフターマーケットビジネスで特徴的なのは、他社の機器も面倒を見るというメニューを取り揃えているところだ。たとえばLC/MSという2種類の分析装置がつながった機器で、LCはアジレントだが、MSは他社製品ということもある。この場合、何か分析に不具合が生じた時にどちらの機器が原因で、どこに連絡したら良いのか顧客が困ることがある。アジレントでは自社製品にこだわらず、他社製品のメンテナンスなどを行うサービスを提供している。また、他社の分析機器向け消耗品のラインアップも充実している。アジレントのサービスや消耗品「CrossLab」をフル活用すれば、顧客は使用している機器にかかわらず安心して本来の業務に専念できる。一見すると、他社を利する可能性もあるわけだが、アジレントとしては「CrossLab」のサービスや消耗品を提供することで顧客からの信頼の広げ、ラボに欠かせないパートナーとしての地位を確立しようとしている。

ハードウェアだけでなく、ソフトウェア 、サービス、消耗品なども提供することで、分析ラボでのアジレントの存在感は日増しに強くなってきている。また、同社では分析ラボでの強みを今後の注力分野である診断・臨床の分野にも展開していくことで、さらなる成長を狙う (資料提供:アジレント・テクノロジー)

また、CrossLabでは、「エンタープライズ」というサービスを用意している。これはラボ運用の包括的なサポートサービス、いわば1つの研究所(ラボ)全ての面倒を見てくれる、いわばコンシェルジュといったサービスだ。アジレントの機器、他社の機器どころか、ラボ全体のすべての雑務を代行してくれるのである。ラボのスタッフは勤務時間中にメンテナンスなどに時間を取られがちだが、こういった雑務から解放され、本業に集中することができる。エンタープライズサービスを利用する企業にとって、高い専門性を持ったスタッフを有効活用でき、開発効率向上という効果をもたらす。このようなサービスは欧米ですでに盛んになっており、日本でも遅ればせながら同様の市場が立ち上がりつつあるとのことだった。アジレントではオンライン回線を用いた監視を行ってくれる独自の「リモートアドバイザー」などのサービスを武器に着実に事業を拡大している。

社名に現れる精神、アジャイルにブレイクスルーを起こしたい

アジレントの日本法人アジレント・テクノロジー株式会社の代表取締役社長を務める合田豊治氏。同氏はダコ・ジャパンの代表取締役も兼任している

アジレントという社名は「迅速な」といった意味を持つagile (アジャイル) という単語を元にした造語だ。さらに正式な社名はアジレント・テクノロジーでわざわざ「テクノロジー(技術)」を入れているあたり、どれほど同社が技術を大切にしているか分かるだろう。技術にこだわり、他社に先んじたいとの同社の精神を感じ取ることができる。

合田社長は臨床診断分野に進出することにより日本において大きな社会貢献ができると考えている。たとえばがんの診断がそうだ。がんは長い年月をかけてできていくことが知られているが、がんになる前段階で早期発見することができればもはやがんは病気ではなくなる。アジレントにはこれに貢献できる技術、リソースが多数ある。社名のとおりアジャイル(迅速)に、アジレント/ダコの技術を生かして、診断分野でもブレイクスルーを起こしたいと合田社長は熱く語っていた。

著者プロフィール

fetuin(ふぇちゅいん)
理学博士、ライター、ブロガー

ちまたに溢れる勘違い健康ニュースに呆れ果て、正しい情報を伝えるべくブログ「Amrit不老不死研究ラボ」を始めたのが15年前、最近は、自宅で遺伝子実験を夢見てブログ「バイオハッカージャパン」を更新中。