NTTとトロント大学の研究チームは4月15日、長距離量子通信に必要となる「量子中継」に、「物質量子メモリ」が必須であるというこれまでの説を覆し、光の送受信装置のみで実現できる「全光量子中継方式」を理論的に提唱したと発表した。

同成果の詳細は、4月15日付(英国時間)で英国科学誌「Nature Communications」に掲載された。

量子通信の中でも量子暗号は100km程度の距離であれば、すでに海外では製品化されているほか、日本でも試験運転が行われている。しかし、光ファイバ中の光損失に抗して、量子通信をより長距離化するためには「量子中継」が必要であり、実現するためには光の送受信装置に加えて、「物質量子メモリ」が必要であるというのがこれまでの定説となっていた。

量子中継の目標は中継器とそれらを結ぶ光ファイバを利用し、送受信間へ量子もつれを効率的に提供することにある

今回研究チームが提唱した方式は、物質量子メモリのメモリ機能を利用する際の待ち時間から生じる量子通信速度の制限がかからないため、通信距離によらず、光デバイスの動作速度と同程度の通信速度を実現することが可能。また、物質量子メモリと、通信用の光子を結ぶための「量子情報インタフェース」も不要となるほか、光デバイスのみに基づくため、常温動作が可能で、雑音を抑える目的で用いられる冷却装置も不要、という特徴もある。

従来方式においては、各中継器は光子の伝送を通じ、内蔵された量子ビットにもっとも近い中継器/送信器との量子もつれを供給することを試み、量子もつれを生成。生成を確認した後、量子演算を行い、完了すると、送信器間に量子もつれが提供されていた。この場合、量子演算に失敗が許されないなどの理由から量子ビットは物質量子メモリである必要があった。一方、今回の方式である時間反転型方式では、各中継器は自身が有する量子ビットに量子もつれスワッピングに相当する量子演算を事前に施し、その後、光子の伝送を通じて量子もつれ生成を行うことで、送信器間に量子もつれが提供される。この場合、量子演算に失敗が許されるようになるため、量子ビットを物質量子メモリで構成する必要がなくなる

さらに、全光量子中継は(全光)量子コンピュータに比べ容易な技術である事が理論的に保障されていることから、全光量子中継に必要となる光デバイスを発展させていくことが全光量子コンピュータの実現につながると研究チームでは説明しているほか、既存の全光量子コンピュータに加え、長距離量子通信も光子のみで実現可能であることが示されたことは、任意の量子情報処理が「光子」を統一的な言語として書き下せることを保障しており、これまで「通信」と「計算」とで個別に議論されてきた量子情報処理を統一的に理解することを可能にするとも説明している。

従来の方式における量子もつれスワッピングでは、各中継器は内蔵された物質量子メモリの中から、隣の中継器/送信器と量子もつれを共有できた量子メモリの対を選び、それらに量子演算を施す。この演算は、メモリ対を量子もつれで結ぶ中間状態(b)を経由し、隣の中継器/送信器同士が量子もつれで結ばれた終状態(c)に移行する。一方、新方式の量子もつれ生成は、量子もつれスワッピングを通じて、各中継器が有する量子ビットはすべてお互いに量子もつれで結ばれた状態(d)となっており、この状態から量子ビットへの演算を行うことで、終状態(c)へと移行する

なお、研究チームでは、同方式は理論の枠組みの中で産声を上げたに過ぎないが、線形光学素子、単一光子源、光子検出器、アクティブフィードフォワード技術に関する光デバイスの研究を進めていくことで、将来的な全光量子中継の実現、および量子インターネットの実現に繋がっていく可能性が示されたとコメントしている。