米Broadcomは2015年3月にバロセロナで開催されたMWCにおいて、新しい5G Wi-Fi製品を発表したが、これを含めて5G Wi-Fiの動向に関しての説明会を3月31日に都内で開催した(Photo01)。
Photo01:説明を行われたDavid L. Recker氏(Sr.Director, Product Marketing, Wireless Connectivity-Mobility Group) |
基本的な話としては、5G Wi-Fiと同社が呼ぶIEEE 802.11acは非常に強い勢いでDeployしており、今後もこの勢いは続くだろう、という見通しが語られたわけだが、この一文で終わらせてしまうのも何なのでもう少しきちんと説明したいと思う。
とりあえずWireless Connectivityそのもののニーズはどんどん高まる方向にあるのはご存知の通り。多くのサービスとデバイスが存在し、さらにこれを支えるインフラもどんどん充実の方向にある(Photo02)。このマーケット、IDCの予測では2018年までに1400億ドルまで広がり(Photo03)、台数も2018年までに100億台に達するとする(Photo04)。これだけの台数がネットワークに繋がるわけで、必要とされる帯域も当然猛烈なものになる(Photo05)、と同社では見込んで居る。
Photo02:New Contents & Servicesは米国を例に取っているからちょっと馴染みのないものも多いし、いまさらtwitterやfacebookが"New"ではないだろう(Androidに至っては、それはContents & Servicesなのか?)が、まぁ言わんとする事は理解できる |
Photo03:ちなみにこの数字は、IoTの中でもM2Mに近い部分を除外した数字と思われる。IDTが2014年11月に発表したIoTの市場予測によれば、2020年にはIoTマーケットが3兆400億ドルになるとしている |
Photo04:こちらも同様で、例えばCISCOがWhite Paperで言っている「2020年に500億台」としているし、Photo03で触れたIDCの予測では300億台と見込んでいる。まぁ、100億台単位でずれるほど、予測が困難という事かも知れないが |
Photo05:ここが微妙なところで、Broadcomはネットワークプロセッサは提供しているものの、基地局向けというほど携帯電話に特化しているわけでは無い。同社のシナリオ的には、光ファイバやDSL/Cable Modemでインターネットと繋がり、そこから5G Wi-Fiのアクセスポイントで繋がる、という形が望ましいのであろう |
こうした状況に対する同社の回答が5G Wi-Fiである。すでにRouter/Smartphone/TV・PCが広範に対応しており、今後どんどん増えてゆくことが期待できるとする(Photo06)。これについて、まずインフラ側であるRouterは、2015年度には出荷量の90%以上が2x2 MIMO対応の製品になるとしており(Photo07)、5G Wi-Fiへの普及の準備が出来ているとする。またクライアント側の一例としてSmartphone向けを見ると(Photo08)、流石に3×3以上はアンテナの設置が難しいということで存在しないが、2019年頃には出荷量の2割以上が2×2対応になるとしており、5G Wi-Fiが順調に普及してゆくと見ている。
余談になるが、Photo07で何故2016年には一端9.7%まで比率が下がる1×1のRouterが、その後次第に伸びてゆくのかの見解をRecker氏に尋ねたところ、個人的見解としながら「例えばBluetoothのHubの様なものが増えてゆく事は考えられる」という話だった。確かにこうした用途であれば、2×2は必要ないだろう。
さて、その5G Wi-Fiの有用な用途として示された例が、1~2万人規模のスタジアムである。Recker氏によれば、特にスタジアムなどではこれまでと異なる使われ方をする、としている。これまでであれば、例えば音楽や動画の視聴や、あるいはSNSのアクセスなど、コンテンツのダウンロードが主体であった。ところがスタジアムでは、目の前のシーンを撮影したり、有名人のプレイを録画して、それらをSNSなどにアップロードして共有する、という使われ方が少なくないという。こうした使われ方をする場合、まず絶対的な帯域が必要という話であった。またこうした大きなスタジアムでは、例えば会場の遠い場所だと双眼鏡無しではまともに見えない、なんてケースも珍しく無い。ところがこうした場所では、「会場内のみで配信」という形で、TVカメラの映像をそのままBroadcastで流すサービスがしばしば行われており、これを利用すればプレイの様子を手持ちのSmartphoneなどでもっとはっきり観ることが出来る。こうした使われ方にもやはりWi-Fiは便利であるとしている。
Recker氏によれば、昨年サンタクララにオープンしたLevi's Stadium(サンフランシスコの49ersが本拠地としていることでも有名)の場合、会場内には2300もの5G Wi-Fiのアクセスポイントが設置されているという。ここでメリットとなるのは、単に5G Wi-Fiにより帯域が増えるのみならず、到達距離をさらに伸ばしたり、あるいはBeam Formingの機能を使って干渉を最小限に抑えるといったメリットもあるという。これはアクセスポイント側だけではなく、Smartphoneの側も同様に2×2 MIMOに対応していればBeam Formingが利用できるので帯域増やしたり干渉を防いだり、といった事が可能になるとしている。
ちなみにQualcommは2015年のMWCでLTE-Uを発表したが、これに関してのRecker氏の見解は「問題は後方互換性だと思う。すでに10億台ものWi-Fi機器があり、5G Wi-Fiはこれらと互換性がある。しかしLTE-Uにはこれが無い。『新しい規格では今までの機器は使えません』というのは、かなり厳しいと思う」とした。またアクセスポイントは安価に増設できるが、LTEの基地局は価格も高いし、簡単に増設できるものでもないとし、さらにスタジアムの様な混雑した場所では、基本的にはLTEなどは(5G Wi-Fiに比べて)あまり向いていないと説明した。特に5G Wi-Fiの場合、距離とか位置測定を行う機能もあるが、こうしたものはLTEにはない(正確に言えば無くはないのだが、Wi-Fiのアクセスポイントほどの精度を出すのは難しい)ため、混雑した場所では5G Wi-Fiの方がずっと適切である、というのがRecker氏の説明であった。
説明の最後に出てきたのが先のプレスリリースにも出てきた、RSDB(Real Simultaneous Dual Band)製品である。具体的な製品としてはBCM4359(2×2 MIMO)やBCM43455(1×1 MIMO)になるのだが、これらは2.4GHzと5GHzを同時に利用することが可能である。なので、BCM43455を搭載したSmartphoneは、Photo10の様にBluetoothを使ってさまざまな周辺機器と接続しつつ、5G Wi-FiでネットワークそのものやMiracastなどを利用することが可能になる。特に今年になってWi-Fi Allianceが発表したWi-Fi Awareではさらに多くのデバイスがWi-Fiで繋がる事が期待できるとしており、これとすでに広く利用されているBluetooth機器が両立するためには、干渉防止の観点からも絶対的な帯域の観点からも、Wi-Fi側が5GHz帯を主に利用することが好ましい。となるとIEEE 802.11nでは機能的に不十分なわけで、5G Wi-Fiの出番である、というのが氏のまとめであった。
さて、以下Q&Aの内容などを加味しつつ、もう少しだけ補足を。まず同社は当分のところ、Wi-FiとBluetooth以外には手を出すつもりは無いようだ。ご存知の話ではあるが、同社は2013年9月にRenesas ElectronicsからRMEとRMI、それとLTEモデムに関する資産を入手しており、これをベースにLTE Turnkey Platformを開発する計画を2014年2月に発表したりしたものの、2014年7月に開催された2nd QuarterのConference callの中で公式にLTEを含む携帯向けBaseband businessを終了することを発表しており、それもあってか(Qualcommの様な)LTEモデムとWi-Fi/Bluetoothの統合には否定的だった。公式には「我々は半年ごとにWi-Fi製品をUpdateしており、こうした短い期間での製品Updateを考えると色々統合するのはむしろ困難が多い」としているが、統合すべきLTEモデムの手持ちが無いのも実情であろう。またIoTを見据えると、情報家電系はWi-Fi/Bluetoothで足りるが、Smart LightingとかSmart Meterなどの用途にはIEEE 802.15.4をベースにしたZigbee/Z-Waveなどや、あるいはThreadなどの規格がある。これらもどこかでInternet Gatewayは必要であるわけで、特にRouter/DSL向け製品の中でこれらをサポートすれば可能性がさらに広まりそうな気がするのだが、これに関しては個人的見解としながらも「私はBluetoothの可能性を信じているし、BluetoothベースのMesh Networkなども現在開発が進んでおり、ZigBeeなどは全部Bluetoothで代替できると考えている」との事だった。もっとも後で「でもSub 1GHzの代替は出来ないよね?」と確認したらニヤっと笑ったあたりは、そのあたりの事を全部踏まえた上での話であろう。要するにBroadcomとしては、Wi-Fi/Bluetoothに全力を振り向ける形で、他の規格はサポートしないという方針が明確に決まっている、という事の様だ。
その分、今後の規格については積極的であり、IEEE 802.11vhtとかIEEE 802.11adも検討をしているとか。ただIEEE 802.11adについては「現時点ではこれを利用する必要があるKiller Applicationが存在し無い。また、Smartphoneの場合、すでにアンテナが多数入っている状態で、さらに60GHz帯のためにもう1つアンテナを追加してもらうことが可能かどうか、疑わしい」ということで、暫くは様子を見ている状態だそうである。
個人的な感想でいえば、IoTの名の下に何でもかんでも繋ごうと手を広げるよりも、守備範囲をWi-FiとBluetoothに絞り、その範囲内で出来ることをやるというBroadcomのアプローチそのものは好感が持てる。とはいえ、Wi-FiにしてもBluetoothにしても、ある意味Commodityな規格であり、Qualcommをはじめとする主要なLTEモデムベンダはすべてWi-Fiを統合した1チップ製品をリリースしている。なので、Broadcomがここでシェアを獲得し続けるためには差別化として新しい技術を継続的に導入してゆく位しか方法がなく、今のところはIEEE 802.11acがその武器であるが、これもいずれはCommodity化するわけで、その時にBroadcomは今度何を提供できているのか、が興味あるところである。