ドレスを着てみて

松居さんへのインタビューの際、著者はこのドレスを着る機会をいただいた。実生活で手に取れるように形を変えられた数理の世界。それを身にまとっている、というのは、日常生活に足を起きながら、他の次元の世界ともつながっているような、不思議な感覚だった。

「1たす1が2じゃない世界」展示の前で

松居さんの感想は…。「歩いている姿を見て、石川さんの気持ちが高まっているように見えて嬉しかったです。私は、ドレスを着た時に女性が見せる意識の高揚から、白鳥が高い空を目指して飛び立つ瞬間を思い浮かべるんです。もうちょっと丈を短くした方がセクシーだったかしら(笑)」

そして、このドレスをぜひ数学者に着てもらい、自分の考えていることを見にまとう体験をしてほしいという。

科学者とアーティストの立ち位置

科学者とのコラボレーションにより、自然界の法則をアートに取り入れるという挑戦をし続けている松居さん。科学者と向かいあうご自身の立ち位置をどのように捉えているのだろうか。松居さんいわく、科学者は、知覚だけでは感じたり見たりすることができない自然界の法則を、人間が解釈できるものに変換しようとしている。自らの役割は、科学者が抽象化したものを、もう一度、現実の世界で手に取れる形にしていくことだという。

「アーティストも科学者も、何もないところから何かをつかみたいというのは一緒で、作り出す者(アーティスト)と探求する者(科学者)との接点はあると思うんです。アートの世界ではこれまで、感覚や感性だけでものを作るのだ、と多くの人たちが言ってきました。でも私たちの生活は、科学者が発見し、考えてきたことの上に成り立っていて、アートも含め、人間の営みから科学を排除することはできないんです。私は、感覚的なものと論理的なものと、両方を大切にしてアートに取り組んでいきたい。」

松居さんからのメッセージ

アートには関心があるけれど、科学は敷居が高いという読者もたくさんおられるだろう。科学は本当に面白い、芸術も科学に大きな影響を受けているという松居さん。印象派もニュートンの光のプリズムの影響を受けているし、情念の世界と思われているシュールレアリスムにも、数学の影響を受けたアーティストがいる。試行錯誤を続け、現在のようなアート活動をされている松居さんに、未来館に来る若者や子供たちへのメッセージをお願いした。「必ず後で役に立つので、若い時は何でもやる方がいいと思います。これは脳科学者の言葉ですが、できないこと、見えないこと、わかっていないことに対して、できると思ってやると、脳はその方法をいっぱい考え出すんです。できないと思うと、言い訳ばかりを考え出します。できないものができた時、ものづくりで見えないものが現れた時、本当に楽しいです。そうした経験がピンチにもすごく役に立っていて、私は生きるのが楽になりました」。

未来館における数理工学の展示「1たす1が2じゃない世界-数理モデルのすすめ」は9月1日まで。数学が得意なみなさんも、数学というと思わず顔をしかめてしまうみなさんも、現実の社会と数学の接点を体験してみてはいかがだろうか。

未来館のシンボル展示「ジオ・コスモス」の前で

著者プロフィール

石川菜央(いしかわ なを)
日本科学未来館・科学コミュニケーター(2014年7月まで)
専門は人文地理学。日本で行われている闘牛の研究で博士(環境学)を取得。大学の博物館における勤務、フィリピン滞在を得て2011年より未来館へ。数学や理科が苦手だった文系出身者として、来館者により近い目線での科学コミュニケーションを目指してきた。2014年8月より広島大学「たおやかで平和な共生社会創生プログラム」に勤務。文系と理系の学生がチームを組み、地域に根ざした科学技術の導入を図るプロジェクトでフィールドワーク教育を担当する。