北海道大学(北大)は3月12日、花粉症や喘息、じんましんなどに代表されるアレルギー応答を調節するマスト細胞内タンパク「STAP-2」を同定したと発表した。
同成果は、同大大学院薬学研究院の関根勇一 助教、同 今重之 助教、同 室本竜太 助教、同 硎澄仁氏、同 齋藤浩大氏、同 松田正 教授、理化学研究所 統合生命医科学研究センターの西田圭吾氏、山崎哲氏、柏倉淳一氏、慶應義塾大学医学部の吉村昭彦 教授、大阪大学大学院医学系研究科の織谷健司 准教授らによるもの。詳細は免疫分野の学術誌「The Journal of Immunology」に掲載された。
日本では人口の約3人に1人がなんらかのアレルギー疾患に罹患していると推定されており、その対策に向けた研究が進められている。近年の研究から、発症メカニズムや悪化因子などの解明が進められているものの、まだ完全に解明されたという段階には至っておらず、治療の中心は抗原(アレルゲン)からの隔離をはじめとした生活環境の確保と抗アレルギー剤、抗炎症剤などの薬物療法による長期的な対症療法となっているのが現状だ。
また、ハチ毒や食物、薬剤に対して全身性に起こる即時型アレルギー応答である「アナフィラキシーショック」は、抗原(アレルゲン)の体内への侵入によりIgE抗体を介してヒスタミンなどの化学伝達物質が放出され、皮膚や呼吸器などの臓器が急速に障害される状態となり、最悪の場合、血圧の急速な低下による急性呼吸不全を引き起こし、生命を脅かすこともある。
これまでの研究から、アレルギー疾患の発症には免疫グロブリンの1つであるIgE抗体と、その高親和性受容体を細胞表面に有するマスト細胞が介在する一連のアレルギー反応が、重要な役割を果たしていることが分かっている。マスト細胞はアレルギーの中心的役割を担う細胞で、幹細胞より生まれた後に組織微小環境由来の可溶性の生理活性タンパク質「インターロイキン3(IL-3)」や「幹細胞因子(Stem cell factor:SCF)」に応答して増殖分化するが、その細胞表面の高親和性IgE抗体受容体がIgE抗体を介して抗原(アレルゲン)と結合すると高親和性IgE抗体受容体の下流に局在する種々のリン酸化酵素群が活性化され、細胞内のカルシウム濃度が上昇し、ヒスタミンなどの化学伝達物質を放出する脱顆粒反応が惹起されるとともに、炎症反応の進展に関わるさまざまな脂質メディエーターの産生や種々のサイトカインの産生を誘導することが知られている。
研究グループはこれまで、細胞内シグナル伝達において、リン酸化酵素をはじめとする酵素群や転写因子の活性化を制御するアダプター分子の1つである「Signal-transducing adaptor protein-2(STAP-2)」の働きに関する研究を進めてきており、今回の研究では、STAP-2タンパクがIgE受容体を介したマスト細胞によるアレルギー応答においてどのように働くかの検討を行ったという。
具体的にはSTAP-2タンパクのマスト細胞での働きを解析するために、「骨髄由来培養マスト細胞(Bone marrow-derived cultured mast cell:BMMC)」を用いて検討を行ったという。予想では、野生型マウスBMMCではSTAP-2 mRNAが発現しており、マウスBMMC細胞内でSTAP-2が働くことが想定されたことから、STAP-2欠損マウスと野生型マウスからBMMCをそれぞれ作成し、その性状の解析を実施したところ、マスト細胞の特徴である高親和性IgE抗体受容体の発現やマスト細胞の増殖分化に関与するIL-3の受容体や幹細胞因子(Stem cell factor:SCF)の受容体であるc-Kitの細胞表面への発現量はSTAP-2欠損マスト細胞と正常マスト細胞間での相違は見られなかったという。
そこで、次に高親和性IgE抗体受容体依存的なアレルギー応答へのSTAP-2への関与をアレルゲンで刺激するといった検討を行ったところ、マスト細胞をアレルゲン刺激することで、マスト細胞内のカルシウム濃度が高くなり、ヒスタミンが分泌されたが、 STAP-2欠損マスト細胞では正常マスト細胞に比べて細胞内カルシウム濃度の上昇やヒスタミン放出量の亢進が観察されたとする。また、アレルゲン刺激によるサイトカイン産生量もSTAP-2欠損マスト細胞での亢進が観察されたとのことで、これらの結果から、マスト細胞内のSTAP-2が高親和性IgE抗体受容体依存的なアレルギー応答を抑制していることが示されたとする。
さらにSTAP-2による負の制御メカニズムの解明に向け、高親和性IgE抗体受容体依存的な信号へのSTAP-2の関与を解析したところ、アレルゲン刺激によりマスト細胞内では親和性IgE抗体受容体下流の種々のリン酸化酵素群の活性化が誘導されるが、 STAP-2欠損マスト細胞では正常マスト細胞に比べて、それらリン酸化酵素群の活性化誘導の亢進が観察されたという。これらの結果は、STAP-2は高親和性IgE抗体受容体近傍で受容体依存的な信号も負に調節していることを示すものであり、実際に、STAP-2がマスト細胞内で高親和性IgE抗体受容体と物理的に相互作用することも判明したとしている。
加えて、STAP-2と親和性IgE抗体受容体との相互作用が生体におけるアレルギー反応にどのような生理的意義があるかについて、マウス個体を用いてアレルゲン投与による血管透過性亢進や体温低下への影響を検討した結果、STAP-2欠損マウスでは野生型マウスに比べてアレルゲン投与による血管透過性亢進や体温低下がより強力に認められ、これによりSTAP-2が生体においてアナフイラキシーショック(アレルギー応答)を抑制する分子であることが示されたとする。
なお、今回の結果を受けて研究グループでは、「国民病とも言える花粉症、喘息、じんましん、食物アレルギーなどの疾患を持つ患者に向けた新しい薬の開発を行う際に、STAP-2タンパクが重要な標的分子となり得ると考えられる」とコメントしている。