東京大学は2月7日、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH-Zurich)、早稲田大学(早大)との共同研究により、八丈島沿岸に生息する「Theonella swinhoei(T.swinhoei)」(画像1)という「海綿動物」(カイメン)を対象に調査が行われ、「シングルセルゲノミクス」(1細胞から得たゲノムDNAを増幅してゲノム解析すること)と「メタゲノミクス」(単一種の単離過程を経ずに微生物集団から直接ゲノムDNAを抽出してゲノム解析すること)を駆使することで、共生微生物「Entotheonella」が数多くの有機化合物を生産していることを遺伝子レベルで明らかにし、同時にEntotheonellaはT.swinhoeiだけでなく、ほかの多くのカイメン中にも存在していることがわかったと発表した。

成果は、ETH-ZurichのJoern Piel教授、同・Micheal C. Wilson博士研究員、早大理工学術院の竹山春子教授、同・モリ テツシ助教、東大大学院 農学生命科学研究科の松永茂樹教授、同・高田健太郎助教、同・大学院薬学系研究科の阿部郁朗教授、同・脇本敏幸准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月6日付けで英科学誌「Nature」に掲載された。

画像1。八丈島沿岸に生息するT.swinhoei

人類が使用している抗生物質やそのほかの薬剤には微生物が生産する化合物(代謝産物)、もしくはそれに起因するものが多く含まれている。そのため、微生物の代謝産物は創薬研究に多く用いられてきた。しかし、培養が可能な微生物は全体のわずか30%と見積もられており、残り70%の難培養性の微生物は、薬剤候補化合物を供給する巨大な未利用生物資源として期待されている。

一方で、海洋無脊椎動物に含まれる化合物もまた、創薬研究における重要な化学資源として注目されているところだ。その中でも水圏に広く生息する無脊椎生物であるカイメンからは数多くの有機化合物が発見されており、これまでに2万5000以上の化合物が報告されている。長年、カイメン由来の化合物はカイメン自身が生産するのではなく、体内に共生する微生物が生産すると考えられていた。しかし、これらの共生微生物の培養は難しく、その詳細は明らかにされていなかった。

今回の研究では、T.swinhoeiを研究試料に化合物の生産者(共生微生物)に迫った。Theonella属はカイメンの中でも際立って多くの有機化合物を含有し、また、生息地域が異なる同属のカイメンは異なる種類の化合物を含有していることから、重要な海洋生物資源と考えられているという。なお、これまでの研究で、Piel教授らの研究チームによって、八丈島産T.swinhoei由来の2つの化合物「オンナミド」と「ポリセオナミド」の生産に関与する「生合成遺伝子」を明らかにしている。

T.swinhoeiには2~3μmの細胞が数珠状に並び、蛍光を発するEntotheonellaに形状が似た微生物が数多く存在していた(画像2)。Entotheonellaは、パラオ産カイメンT.swinhoei」より発見されたフィラメント状の微生物である。

ここで、単一の細胞(細胞、細菌等)を流路システムによりレーザービームを通過させ、散乱光と蛍光により光学的に細胞の特徴を測定する「フローサイトメトリー」を用いて1細胞を分離し、DNAを増幅する方法の1つである「MDA法」により、微生物のゲノムDNAの増幅が行われた。

上記の生合成遺伝子情報を基に遺伝子の有無を確認したところ、48細胞の内16細胞からオンナミド生合成遺伝子、ポリセオナミド生合成遺伝子、およびEntotheonella特有の「16S rRNA」が検出された。16S rRNAは配列の保存性が高く、微生物の進化系統を明らかにする際に用いられることが多いリボソームを構成するRNAの1つだ。この結果から、共生微生物Entotheonellaがオンナミドおよびポリセオナミドの生産者であることが示唆された。

画像2。蛍光を発する微生物

続いて、Entotheonellaを含む画分からゲノムDNAを調整し、次世代シーケンサーによりDNA配列を解析した結果、この画分には2種類のEntotheonellaが存在し、いずれも9Mbを超える原核生物で最大のゲノムを持っていることが判明。また、ゲノム中には前述のオンナミドおよびポリセオナミドの生合成遺伝子だけでなく、31種類の化合物の生合成遺伝子クラスターが存在していた。

なお、T.swinhoeiから過去に単離されたペプチドおよびポリケチド化合物の内、1種類の化合物を除くすべてがEntotheonellaによって生産されていたことは驚くべきことであり、さらには未だに発見されていないペプチドの生合成遺伝子が数多く存在していることも驚異的だという。また、今回ゲノム解読された2種のEntotheonellaが生産している化合物に重複がないことから、Entotheonellaが生産する化合物の多様性とその化合物生産能の高さが伺えるとする。

共生微生物Entotheonellaはこれまでの研究で、Theonella属カイメンおよびDiscodermia属カイメンに存在することがわかっている。今回の研究では、日本を含む世界各地に生息するカイメンについても内在する微生物の16S rRNA遺伝子を調べ、Entotheonellaが数多くのカイメン中に広く存在することを明らかにした。

それぞれのEntotheonellaがどのような化合物を生産しているか、その詳細はまだにわかっていないが、その化合物生産能力の高さからEntotheonellaひいてはカイメン共生微生物が新たな生物資源として、創薬研究などに有効活用できる可能性があるとしている。