理化学研究所(理研)は10月17日、統合失調症の症状を示すモデルマウスの脳の海馬に、記憶を担う脳内ネットワークの異常が生じていることを発見したと発表した。
同成果は、理研脳科学総合研究センターの利根川進センター長(米国マサチューセッツ工科大学 RIKEN-MIT神経回路遺伝学研究センター教授)、RIKEN-MIT神経回路遺伝学研究センター利根川研究室のJunghyup Suh研究員らによるもの。詳細は、米国の科学雑誌「Neuron」に掲載された。
統合失調症は、脳がさまざまな情報の統合ができなくなることによって起こる精神疾患。症状として「幻覚や妄想があらわれる」、「考えがまとまらない」といったものがあり、約100人に1人の割合で発症するといわれている。
近年の研究から、自閉症や統合失調症などの精神疾患を発症している患者は、記憶を呼び起こしたり、未来の行動の計画を立てたりするのに重要な役割を果たす「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる前頭葉や海馬といった脳内の記憶に関する領域のつながり方に異常がある可能性が示唆されるようになっており、このネットワークが、どのように情報を処理し、どのようにほかの脳の領域と情報をやりとりするのかを探ることで、これらの精神疾患の患者の脳において何が問題になっているのかを解明できると考えられるようになってきた。
すでに研究グループでは、2003年に学習や記憶のプロセスで誘導されるシナプス可塑性に重要な役割を果たす酵素である「カルシニューリン遺伝子」の変異が、一部の統合失調症の患者にて生じていることを同定しているが、今回の研究では、このカルシニューリン遺伝子が正常に働かない遺伝子改変マウスが、ヒトの統合失調症に似た認知症状および行動異常を示すことを受け、同マウスの脳内ネットワークを調べることで、複雑な精神疾患の症状の原因を探ることを試みたという。
具体的には、デフォルト・モード・ネットワークの中心的な役割を果たし、記憶に関わる脳の領域である海馬に着目し、マウスに迷路テストを行わせている間、同領域の神経細胞の活動を電気生理学的手法を用いて調査したという。
マウスは、迷路を走る際、海馬の一部の神経細胞が通過位置に応じて異なる神経細胞が活動し(場所細胞)、迷路を走り終わった後、脳は休息状態に入り、通った迷路のルートをビデオ再生のように、脳内で関連する情報の処理を行うことが知られている。その際、通常のマウスであれば、直前に迷路を走っていたときと同じ順番で活動が起こり、情報が再生され、その情報が大脳皮質に送られることで、最終的に大脳皮質に迷路の空間記憶が長期保存されるようになると考えられているが、今回用いられた統合失調症モデルマウスでは、直前に迷路を走っていたときの場所細胞の活動の順番がまったく再現されず、かわりにすべての細胞がほぼ同時に異常に高いレベルで活動していることが確認されたという。
この結果は、統合失調症の脳では、活動した後の休息時、つまり情報を整理する時期に海馬の活動に異常が生じ、これらの脳の領域を含むデフォルト・モード・ネットワークが過度に亢進している可能性を示すもので、"考えがまとまらない"、"幻覚や妄想があらわれる"、"ものごとを計画できない"、といった統合失調症の諸症状の一因となっていることが明らかとなったと研究グループでは説明する。
なお、研究グループでは、今回の脳内ネットワークの解明が今後、病気の発症メカニズムの神経回路レベルでの研究における新たな標的になると予測されるとしているほか、現在使用されている薬や治療法についての新しい解釈が可能になるため、より有効な治療につながることが期待されるとコメントしている。