基礎生物学研究所(NIBB)は10月4日、名古屋工業大学(名工大)との共同研究により、アフリカツメガエルをモデルとして動物の「原腸陥入」過程で生まれる物理的な力の役割を解析し、原腸陥入時に積極的に移動する組織によって生み出される力の規模や伝達の様子が明らかとなり、さらにその生み出された力がツメガエルの「脊索」(体の伸長や軸形成を担う中胚葉性の棒状組織)を正しく形成するために必要であることを発見したと発表した。

成果は、NIBB 形態形成部門の原佑介研究員、同・上野直人教授、名工大 バイオメカニクス研究室の長山和亮准教授、同・松本健郎教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、10月2日付けで米発生生物学会誌「Developmental Biology」電子版に掲載され、同月15日発行の印刷版にも掲載される予定だ。

動物の発生の初期には、細胞や組織の形態変化や再配置が連続的に起こり、その結果、体の複雑な形や器官が形成される。この仕組みはこの30年間、分子や遺伝子の役割として研究されてきたが、近年の培養細胞を用いた研究からは、細胞・組織間に生じる伸展・圧縮・抵抗力・摩擦といった「物理的な力」も生命現象を制御することがわかってきた。しかし、胚発生において力がどこでどれほどの規模で生み出されていて、それが隣接する組織の細胞運動にどのような影響を与えるのかは、詳細に調べられていないのが現状だ。

ヒトやマウスなどの脊椎動物やより祖先の原索動物では、受精後に体の形が作られるごく初期の段階(原腸陥入)で「脊索」と呼ばれる棒状の組織を形成する。脊索は体の中心軸を作り、体を細長く変形させる機能を持った重要な器官で、形成が正しく行われないとあとの発生や器官形成に重篤な影響を及ぼす。そのため、脊索形成の仕組みが重視され、長年にわたって研究されてきた。

研究チームはツメガエル胚の原腸陥入運動の観察から、脊索となる組織は周囲の組織の移動によって生じる物理的な力にさらされており、脊索形成はその力の影響を受けているのではないかと推測。ツメガエル原腸胚の中でも、「先行中胚葉」と「脊索中胚葉」と呼ばれる2種類の組織の関係に着目した(画像1)。

先行中胚葉(画像1の赤い部分)はいち早く胚内に陥入し動物極側へ向かって胞胚腔蓋を足場として積極的に移動する能力を持つ。一方、先行中胚葉の後方に位置する脊索中胚葉(画像1の黄の部分)は、先行中胚葉のあとに引き続いて陥入する。また脊索中胚葉は、動物極方向への移動はしないが将来は脊索になる。

研究チームは先行中胚葉の能動的な移動が原腸胚における力の発生源である可能性が高いと予想し、先行中胚葉の組織移動が生み出す力を計測することにした。2種類の中胚葉間で力のやりとりがあると推測したのである。また、この力が脊索中胚葉へと伝播し、脊索の形態形成を制御する可能性についての検証も行われた。

画像1。ツメガエルの原腸陥入の模式図

研究チームは、生体内の先行中胚葉組織の移動を生体外で再現する培養系とガラス針やレーザーアブレーション実験(レーザーによる組織切除)を組み合わせることにより、先行中胚葉が組織移動によって約40ナノニュートンの力を生み出す能力を持っていること(画像2・3)、また先行中胚葉が脊索中胚葉を伸展していることを実験的に示した(画像4)。

組織移動が生み出す力の計測と、組織が受ける張力の推定。画像2(左)・A:培養系を構築。画像2・B:先行中胚葉に押されて曲げられたガラス針の変位とバネ定数を掛け合わせることで力の計算が可能。画像3(中)・C:培養系の様子。画像3・D:先行中胚葉の大きさと生み出す力のグラフ。画像4(右):組織に強い張力が働いている場合、レーザーによって切断されると組織が大きく開く。移動する先行中胚葉がある状態(E)では脊索中胚葉で見られた反動が大きいことから、先行中胚葉が移動によって脊索中胚葉に張力を生み出していることがわかる。模式図中の赤は先行中胚葉、黄色は脊索中胚葉、青色は外胚葉を表している

実際の胚内でこの先行中胚葉の動きを移動に必要な分子の機能を阻害することによって止めたところ、原腸陥入が異常になり、脊索中胚葉から形づくられるはずの脊索の形態が異常になった(画像5)。細胞レベルでさらに詳しく調べると、先行中胚葉が脊索中胚葉組織を牽引する力がないと、脊索形成を支える細胞の形態変化や整列が正しく起こらないことがわかったのである。また、既知の液性因子による制御機構との関連の調査も行われ、今回の研究で見出された先行中胚葉による力学的な制御は既知の液性因子とは独立して脊索形成に関与していることが明らかになった。

画像5が実際に原腸陥入時に先行中胚葉の前方(写真の上側)への移動を妨げた時の、原腸陥入の様子。脊索マーカーで脊索構造を可視化すると、先行中胚葉の移動を止めた胚では長さが短く、幅が広くなった異常な脊索が高頻度で観察された。

画像5。原腸陥入時に移動を妨げた時の、原腸陥入の様子

今回の研究では、原腸胚に含まれる組織の移動が力を発生する能力を持っていることが判明し、その生まれる力の計測にも成功した。また、既知の分子シグナル経路に加えて、この胚内に生まれた力が脊索中胚葉の力分布に作用して脊索形成を制御するという新しいモデルが提唱された形だ。細胞・組織の移動はほかの発生プロセスでも普遍的に見られる現象であることから、今回の研究は脊索の形成メカニズムの理解だけでなく、ほかの発生現象における力の発生・伝達・役割の理解への貢献も期待される内容であるとしている。