産業技術総合研究所(産総研)は8月23日、同所 ナノチューブ応用研究センターが開発したスーパーグロースカーボンナノチューブ(SG-CNT)を用いて、10万回駆動しても変位量が10%しか減らない繰り返し耐久性、および3時間にわたって変位状態をほぼ一定に保てる変位保持性などを有する高性能なナノカーボン高分子アクチュエータを開発したと発表した。

同成果は、同所 健康工学研究部門 人工細胞研究グループの安積欣志研究グループ長、杉野卓司主任研究員らによるもの。アルプス電気 仙台開発センター 技術本部 材料技術部の徳地直之グループマネージャー、高橋功主任技師らと共同で行われた。詳細は、大韓民国で8月26日~30日に開催される国際学会「BAMN2013(The 7th World Congress on Biomimetics, Artificial-Muscles and Nano-Bio)」にて発表される。

2.5Vの電圧で駆動中の今回開発したナノカーボン高分子アクチュエータ。(左)電圧をかける前の状態、(右)電圧をかけた駆動中の状態

医療検査機器やリハビリ機器などで、軽量コンパクトかつ安価な製品の必要性が増すとともに、軽量・薄型のアクチュエータ素子が注目され、高分子アクチュエータの研究開発が盛んに行われている。こうした中、カーボンナノチューブとイオン液体からなるゲル状物質の応用して開発されたナノカーボン高分子アクチュエータは、低電圧で駆動できるため、実用化に期待が寄せられている。しかし、耐久性や変位の連続保持性などに大きな課題があった。

今回のナノカーボン高分子アクチュエータは、カーボンナノチューブとイオン液体、ポリマーバインダーであるベース樹脂からなる電極2枚の間に、イオン液体とベース樹脂からなるゲル電解質を挟み込んだ構造をしている。

ナノカーボン高分子アクチュエータの構成とその駆動原理

しかし、このような構造のアクチュエータは、連続動作時の耐久性と変位の連続保持性に課題があった。繰り返し変形動作をさせたときに変位量が徐々に小さくなり1万回程度で初期の半分程度になったり、一定の電圧を加えて静止動作をさせたときに反対方向に変位をはじめ30分程度で変位方向が逆転したりする現象などが発生してしまっていた。

今回、カーボンナノチューブとナノカーボンの組み合わせを模索する中で、産総研 ナノチューブ応用研究センターが開発したSG-CNTを用い、また、SG-CNTへのダメージが少なく効果的に分散できるイオン液体やポリマーとの最適分散法を新たに開発したのに加え、他種のナノカーボンとの混合による最適組成を見いだした。これらにより、産総研とアルプス電気が開発してきた従来のナノカーボン高分子アクチュエータの変位、応答性の特徴を損なわずに、連続動作時の耐久性や変位の連続保持性の改善を行った。

同アクチュエータのサイズは長さ5mm×幅5mm(実効長は4mm)であり、気温20℃、湿度40%の環境において、表面にコーティングなどをしない状態で、通常の駆動電圧である±2V、0.1Hzの交流電圧をかけ、片側変位量の最大値の変化から連続動作時の耐久性を評価した。

ナノカーボン高分子アクチュエータの変位測定(1マス:1mm)。アクチュエータを固定している上部電極の両面に交流電圧をかけ、変形させて変位量を評価。

その結果、従来のナノカーボン高分子アクチュエータでは、1万回の駆動で片側変位量が初期の値から半減していたが、今回開発したアクチュエータでは10万回駆動後の片側変位量は10%減という実用レベルの耐久性を示した。これは従来の約100倍の繰り返し耐久性に当たる。

今回開発したアクチュエータに交流電圧をかけたときの最大片側変位量の変化

さらに、先程と同じアクチュエータに一定電圧を加えたときの変位保持特性を評価した。気温23℃、湿度50%の環境で、2Vの一定電圧をかけ、アクチュエータの変形後、片側変位の時間変化(連続保持性)を調べた。すると、表面コーティングしていない構造での従来品では、電圧をかけた数分後から急激に変位が減衰し、本来の変位方向とは逆の方向にまで変位量が変化したが、今回開発したアクチュエータでは、電圧をかけてから3時間以上にわたり、変位状態がほぼ一定であり、連続保持性は従来品に比べて飛躍的に改善されていた。これは従来の数十倍の連続保持性にあたる。また、この間の電流の漏れは数百μA以下とわずかで、低消費電力のアクチュエータであることが確認された。

これらの結果は、SG-CNTが超高純度のカーボンナノチューブで、金属触媒や表面官能基が極めて少ないため、イオン液体との副反応が抑えられたものと考えられる。

アクチュエータに一定電圧を連続通電したときの片側変位量の推移

この他、より高耐久性が求められる製品にも対応するため、アクチュエータの表面を防湿性が高い材料で薄くコーティングする封止技術を開発している。同技術との組み合わせにより、大気中の水分との反応が抑えられることで、繰り返し耐久性や変位の連続保持性はさらに大きく向上し、また、高温高湿度の環境でも駆動可能となっている。

今後は、開発した高分子アクチュエータの事業化を見据え、応用できるアプリケーションの選定とアプリケーション開発を連携できるメーカーの調査を進めていく。薄く軽く低消費電力である今回開発したナノカーボン高分子アクチュエータの特徴を生かせるアプリケーションとして、これまで開発を進めてきた昇降する入力スイッチ、点字ディスプレイなどに加え、各種イルミネーション分野、マイクロポンプなどのヘルスケア分野など、幅広い分野への応用を検討していくとしている。