東京大学(東大)は、銅酸化物が超伝導になる直前の電子状態が、従来の予想を覆して、超伝導になってからの電子状態と全く異なることを理論予測と実験実証の連携で示すことに成功したと発表した。

同成果は、同大 大学院工学系研究科 物理工学専攻の酒井志朗助教、求幸年准教授、今田正俊教授らによるもの。詳細は8月27日付けで「Physical Review Letters」に掲載される予定。

現在、銅酸化物超伝導体は最高温度が絶対温度160K(-113℃)程度となっている。これをさらに高くして室温(およそ300K)近くで安定な超伝導体が実現できれば、損失のない送電線や電力貯蔵装置、冷却コストの低いリニアモーターカーなどの様々な応用が考えられ、社会へ大きく寄与すると期待されている。しかし、銅酸化物で高温超伝導が起こる仕組みが解明されておらず、高温で超伝導を示す物質を探す指針がないため、超伝導の応用が妨げられている。

高温超伝導が起こる仕組みを解明するには、その直前の金属状態の性質によって決定するため、理解する必要がある。銅酸化物高温超伝導体の金属状態は普通の金属とは著しく異なることが知られてはいるが、25年以上にわたって、数多くの実験・理論的研究がなされても、詳しいことは解明されていない。

超伝導体中では、電子が2つずつ対を作ってエネルギー的に安定化していることが分かっている。そのため、1個の電子を取り出すには対を1つ壊す必要があり、ゼロでない有限のエネルギーを与えることが求められる。このエネルギーはギャップと呼ばれ、一般には電子が動く方向によって変化する。銅酸化物で生じる高温超伝導の場合、ある特定の向きに動く電子は、ギャップがゼロになる。つまり、電子を外に取り出すのに有限のエネルギーを必要としないことがわかっており、d波型の超伝導と呼ばれている。この特異な超伝導は電子が互いにクーロン相互作用で強く反発し合っているときに生じやすく、この強い反発力を、対を作るための引力に転換する仕組みがあって、高い転移温度の超伝導が可能になると推定されている。

銅酸化物の高温超伝導体では超伝導になる前の金属状態でも、前兆現象であるかのように、このd波型のギャップの構造を引き写した同じ構造があると仮定されてきた。この構造は、ある特別に工夫された実験手段による超伝導状態では確認されているが、その直前の金属状態においては実際には観測されていない。

一般に、物質中には電子で満たされている低いエネルギー領域(負のエネルギー領域とする)と、電子がいない高いエネルギー領域(正のエネルギー領域とする)がある。超伝導状態が直前の金属状態において観測されないのは、この正のエネルギー側のギャップを電子の動く方向(運動量)も含めて詳細に調べる実験手段がないからだとされてきた。しかし、正のエネルギー領域でのギャップの構造はあまり考えられることなく、単に超伝導状態からの類推で、その直前の金属状態においても同様に、正負のエネルギーで対称的なd波型が仮定されてきた。

今回の研究では、まず、銅酸化物の理論模型について、量子モンテカルロ法を用いた高精度の大規模数値計算を行い、この金属状態のギャップの構造が従来の仮定とは大きく異なり、ゼロエネルギーに関して非対称で、またd波型でもなく、どの方向に走る電子であっても正のエネルギー領域にギャップが残るs波型と呼ばれる構造であることを見出した。ギャップの大きさは(通常のs波型と同様に)どの方向に走る電子であってもゼロではないものの、ギャップのエネルギー位置が電子の走る方向に強く依存するという、前例のない電子構造となっている。

図1 高温超伝導体が生まれる過程で生じる電子構造の候補の模式図。左は従来から仮定されてきた構造(d波・対称ギャップの模式図)。右は今回発見した構造(s波・非対称ギャップの模式図)。左の高温超伝導体では電子を外に取り出すためには赤い矢印で示したようなエネルギーが必要となる(緑の曲線が、電子が存在できる場所を表す)。対を作る電子の走っている方向(横軸)のうちほとんどの場合はゼロでない有限のエネルギーを与えないと電子を取り出せず、ギャップと呼ばれるが、(π/2,π/2)と記している方向では特別にギャップがなくなっている。これをd波型の超伝導と呼ぶ。銅酸化物高温超伝導体では、超伝導になる直前の金属状態でも前兆現象であるかのようにこの構造が保持されていると、従来仮定され、擬ギャップと呼ばれてきた。右は今回発見された超伝導直前の金属でのギャップの構造。(π/2,π/2)の方向でもギャップはゼロではない。正のエネルギーの側の電子の状態を見ることによって初めてこの構造が明らかになった

図2 電子の分布強度の理論計算結果。高温超伝導が生まれる直前に見られる電子構造の理論予測。横軸に電子の走る向き(運動量)を取り、縦軸のエネルギーの様々な値に走る電子が存在しうるかどうかを描いた図。赤から黄色になる領域ほど、その向きとエネルギーの電子が存在しやすく、黒い領域には電子が存在できないのでギャップを作る。エネルギーにして0から0.1eVの間辺りに電子の走る向きに依らずに黒い川があり、どの向きでも、同じ向きに電子を取り出そうとするとゼロでないエネルギーが必要であるという、図1右のような今までの常識を覆す事実が分かった

この理論予想が、現実の銅酸化物で実現しているかどうかを検証するために、パリ第7大学の実験グループと共同して、銅酸化物にレーザ光を当てた後に、電子が正のエネルギー状態から負のエネルギー状態に遷る過程で放出する光の波長とその強度分布を測定した。その結果は、理論計算で予測された結果とよく一致し、s波型のギャップ構造を立証した。なお、この光の強度分布には、正のエネルギー側の電子構造(ギャップの構造)が反映されており、光の偏光を調節することで電子の運動量について特定の領域を見るような工夫を行ってあるとした。得られた結果は、金属状態で見られるギャップの起源が超伝導とは異なり、今回見つかった金属状態でのギャップの構造の起源を解明することがまず必要であることを示唆している。また、これまで金属状態においてd波かつゼロエネルギーについて折り返したような対称的なギャップを仮定してきた数多くの理論に対して本質的な修正を迫るものという。さらに、これまであまり注目されてこなかった正のエネルギー側の電子構造を調べることの重要性を指摘し、それを可能にする実験手法の開発を促すものとなったとしている。

今後、今回の研究で得られた知見に基づき、銅酸化物研究の流れが大きく変わり、高温超伝導の仕組みの解明に近づくことが期待される。また、この成果を活用してスーパーコンピュータ「京」の戦略プログラム課題と連携し、「京」を利用した高温超伝導の物質探索、機構解明を行なう計画とコメントしている。